杉江松恋×川出正樹、2022年度 翻訳ミステリーベスト10選定会議 接戦を制した極上の翻訳ミステリーは?

2022年度 翻訳ミステリーベスト10

 リアルサウンド認定2022年度翻訳ミステリーベスト10選定会議は書評家の川出正樹と杉江松恋によって2022年12月15日にリモートで行われました。前もって各自が10冊ずつの推薦作を提出し、1位10点2位9点というように評価をして仮の順位をつけました。議論の模様は別掲の通りです。さあ、どういう結果になるでしょうか。

候補20作から11作に絞る

杉江松恋(以下、杉江):翻訳編は2人がまったく重ならずに挙げたので、候補が20作になってしまって大変でした。さて、まず1〜10位と次点の11作に残す作品を決めなければ。それぞれの投票点数が高かった作品としてフランシス・ハーディング『ガラスの顔』、リチャード・ラング『彼女は水曜日に死んだ』、今年を代表する冒険小説のスチュアート・タートン『名探偵と海の悪魔』、北欧圏からニクラス・ナット・オ・ダーグ『1794』・『1795』。このあたりは確定でしょう。各種ベストテンで1位を独占したクリス・ウィタカー『我ら闇より天を見る』はどうしますか。

川出正樹(以下、川出):私が解説を担当した作品ではあるんですが、2022年に出た本でこれを外すわけにはいかないと思います。残しましょう。もう1冊、新潮クレストブックスという文芸書のレーベルから出た作品なんですがエマ・ストークネス『光を灯す男たち』は入れておきたいです。実際の出来事をモデルにした作品なんですが、孤島で灯台守をしていた三人の男たちがいなくなったという密室消失事件を描いています。いなくなった男の妻の語りで話は進んでいき、彼女たちのキャラクターを浮かび上がらせることで謎の性格が際立っていくという英国推理小説らしい構造を持っています。

杉江:私は自分が挙げた作品ではないんですが、フランス作家ジェローム・ルブリ『魔王の島』を残しておきたいです。ある女性が、祖母が亡くなったために孤島に渡り、第二次世界大戦後に起きた痛ましい児童の水死事故の話を聞かされる、というところから話が動いていくスリラーです。それ以上のあらすじを紹介できない展開で、こんなことをよく考えたよね、と感心させられました。

川出:もう一冊。こういうランキングでシリーズものは不利なんですけど、M・W・クレイヴン『キュレーターの殺人』をぜひ。ワシントン・ポーものの第3作なんですけど、この作品で完全に化けました。これもまったく先行きが読めない作品で、これぞ本格ミステリーという後半の展開、ワシントン・ポーは安心して読んでいられるタイプの主人公ではないんですが、それもあって終盤は意外極まるところに話が落ちていきます。

杉江:これまでとはまったく別物という感じに化けましたね。さらにもう一冊挙げるなら、私は小説としては食い足りなかったんですが独創性を買ってジャニス・ハレット『ポピーのためにできること』を挙げたいです。司法修習生が、すでに真相がわかっている事件について、関係者たちのやりとりを読みながら何があったかを推理していくという展開、だからほとんどがメールの文面なんですよね。その中にちゃんと伏線が仕込まれている。真相が明らかになった後で、どこに伏線があったかということを見返すのも楽しめるという点では、この作品が一番だったと思います。あと2作残せますが、川出さんは最後の1作は。

川出:シヴォーン・ダウド『ロンドンアイの謎』をお願いします。ヤングアダルトとして書かれた小説なんですが、巨大観覧車から人間がどうやって消えたか、という謎を探偵役の少年が実に論理的に解明していく。どんな世代であっても読んで楽しめるという点で評価する作品です。

杉江:ここまで犯罪小説が少ないのでS・A・コスビー『黒き荒野の果て』を推したい気持ちがあるんですが、実は1月に刊行される同作者の長篇を先に読んでしまったんです。そっちのほうが絶対おもしろい(笑)。なので固執せず、まったく先が読めないタイプのスリラーからアリス・フィーラー『彼は彼女の顔が見えない』を挙げたいと思います。同じように先が読めないものではピーター・スワンソン『アリスが語らないことは』もあるんですが、より不透明度の高いこっちを贔屓します。というわけで11作が残りましたので、この中で順位をつけていきませんか。

川出:いいでしょう。

次点から5位まで

川出:まず次点を決めるといいと思うんですが、この中だとやはり『ロンドン・アイの謎』かな。

杉江:内容は文句なくおもしろいんですけど、ヤングアダルトとして書かれたこともあって構成がシンプルなんですよね。ランキングの特色を出すという意味で、『光を灯す男たち』の扱いを次にご相談したいです。これだけ文芸作品ですから。どのくらいの位置がいいですか。

川出:そうですね。こういう毛色の異なるものを5位から7位ぐらいに置いておくと、他のとの作品との対比がしやすくといいんじゃないかな。

杉江:仮に7位にするとして『光を灯す男たち』よりも下位でいいものはどれでしょう。

川出:『魔王の島』じゃないでしょうか。

杉江:たしかに。趣向としては奇手だから、あまり上位でもないと思うんですよね。シリーズものということで軽視されがちですが『キュレーターの殺人』は『光を灯す男たち』よりも上でいいのではないですか。謎解き小説としてはこっちが複雑ですよ。これを6位ということで。自分が挙げた作品では『彼は彼女の顔が見えない』は10位くらいが妥当だと思います。登場人物がごく少数に限定された作品で、その関係性が変わっていく展開が読みどころなんですが、小粒ではあると思います。となると7位以下では9位が残りましたが。


川出:『ポピーのためにできること』がそのあたりかな。

杉江:『本格ミステリーベスト10』では1位だったんですよね。この作品の弱点は前半を読むのがきついことだと思うんです。だってメールなんだもの(笑)。登場人物がどういう関係なのかということが読んでいるうちにだんだんわかってきて、そのきつさは解消するんですが、中盤になるまでは結構大変だと思うんです。構造上の問題で、小説としてのおもしろさという点では他の作品にはどうしても一歩譲ってしまう。はい、これで6位以下が確定しました。あとは上位ですが、5位にしてもいい作品はどれか、を決めませんか。

川出:そうですね。うーん、各種ベストテンの1位を総なめにしたということもあって、『我ら闇より天を見る』は、ここではそんなに頑張らなくてもいいかな、と思います。13歳の少女が運命に立ち向かう成長譚を軸に、新旧2つの変死事件捜査がスモールタウンの人間関係を浮き彫りにしながら語られていくという非常に私好みの物語なんです。

杉江:映画化された『ザリガニの鳴くところ』に通底するところもあって、小説として実にいいですよね。

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