杉江松恋×千街晶之×若林踏、2022年度 国内ミステリーベスト10選定会議 満場一致となった第1位ミステリーは?
リアルサウンド認定2022年度国内ミステリーベスト10選定会議は書評家の千街晶之と若林踏、杉江松恋によって2022年12月11日に行われました。前もって各自が10冊ずつの推薦作を提出し、1位10点2位9点というように評価をして仮の順位をつけました。議論の模様は別掲の通りです。どのような結果になりますことか。
コロナミステリをどう位置付けるか
杉江松恋(以下、杉江):次点の北原真理『リズム・マム・キル』を含めて11作が最終候補となりました。ここから1位を決める議論を進めていきたいと思います。
千街晶之(以下、千街):『リズム・マム・キル』が次点なのは仕方ないんですが、個人的にはとても思い入れがある小説です。これほど先行きの読めない作品も珍しいという展開の冒険小説で、非常に新鮮な読後感でした。
杉江:最初は何を軸に議論しましょうか。長篇では新型コロナウイルス流行に関する小説が2点ありますね。有栖川有栖『捜査線上の夕映え』と潮谷験『エンドロール』です。ベテランの作品ですが前者は実に尖鋭的ですね。犯人を絞る推理の進め方がとにかく斬新です。
若林踏(以下、若林):『エンドロール』はウイルス蔓延によって厭世的な空気が形成されてしまった近い未来の話です。現代の世相をそうした形で描くというのが攻めていますね。
杉江:対する『捜査線上の夕映え』は新型コロナウイルス流行のため、みんなが疲れてしまった時期に書かれ、2022年1月に発表されました。コロナの時代にどうやって読者を楽しませればいいかという娯楽小説としての意気込みを感じました。
千街:実はコロナミステリは4作あるんですよね。結城真一郎『#真相をお話しします』収録の「三角奸計」と阿津川辰海「二〇二一年度入試という題の推理小説」です。その中でもコロナ禍の時代の先を描いた作品は他にないわけです。今から数年後の社会を書くというのは作家としても怖いことのはずです。不確定要素は多いわけですし。『エンドロール』はそこに挑戦したという意味でも高く評価したい。
若林:『捜査線上の夕映え』は有栖川さんがずっと書き続けている火村英生シリーズです。有栖川さんはこの連作で、現実の社会変化を採り入れて謎解きを描くという実験を続けてきましたが、今回はそれがコロナなんですよね。いかに現実のありようを損なわずに謎解きというファンタジーを書けるかという、これも実験的な作品だと思います。
杉江:後で出てくる『名探偵のいけにえ』帯に「特殊条件」という文言が書かれています。現実とは少し違う世界を扱った「特殊設定」ミステリーが最近の流行りなんですが、そうではなくて謎を解くための条件が特殊なんだと。それで言うと有栖川さんは「科学捜査によって解明される領域が大きい」という特殊条件下でずっと推理小説を書き続けてきたのだとも言えます。
5位までの順位
若林:ちょっと話題を変えて短篇集で上に来るものは何か、という話をしませんか。挙がっているのは『#真相をお話しします』『入れ子細工の夜』の他に佐藤究『爆発物処理班の遭遇したスピン』宮内悠介『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』の4点です。
杉江:その中で佐藤究がいちばん上に来るのは仕方ないと思います。やはり個性が際立っていますから。
若林:雑誌発表を集めたわけですから、それぞれが違う題材を扱っていて内容はバラバラなのに、集まると佐藤究の小説という特徴が浮かび上がる。短篇集としては最高でしょう。
千街:舞台裏を言ってしまうと、佐藤作品を含めた予選の上位4作は、この3人が全員投票した作品なんですよね。そこでいったん結論は出ているので、その上位4作を覆す必要はないかと思います。
杉江:そうですね。では先に5位までの順位を決めてしまいませんか。5位に推したい作品はどれでしょうか。
千街:どれも好きな作品ではあるんですが、強いて言うなら『捜査線上の夕映え』は他の各種年間ベストテン企画でも高く評価されているので、それよりは先ほども評価の声があってあまり上位に来なかった『エンドロール』にする手はあるかと思います。
杉江:潮谷さんは恐縮するでしょうけどね。「え、有栖川さんの上になっちゃうんですか」って(笑)。
若林:この次の『あらゆる薔薇のために』でデビューから長篇は4作ということになりますが、すべて作風が違います。そして何を書いても犯人当ての構造はしっかりしていて、小説としておもしろいと同時にミステリーとしても完成度が高いです。その底力みたいなものには感嘆させられますね。
杉江:すごい作家になりつつありますね。では、潮谷さんを5位ということにしましょう。6位以下のこれまで触れていない作品についても簡単に言及いただけますか。
若林:7位は『偽装同盟』ですね。佐々木さんは冒険小説や警察小説の分野における大ベテランなんですけど、最近はSFやファンタジーの物語構造を採り入れたまったく新しい境地の作品を次々に発表しておられます。『偽装同盟』は前作『抵抗都市』と共に、日露戦争で敗北した日本がロシアに占領されているというもう一つの東京を舞台にした内容で、歴史改変小説の要素を持っています。バディものの警察捜査小説としても素晴らしい。8位『入れ子細工の夜』の作者・阿津川辰海は2022年に共著も入れればなんと4冊も本を出しています。これは独立した短篇を収めた作品集なんですが、非常にお買い得です。中でも注目すべきはさっきも題名が出た「二〇二一年入試という題の推理小説」でしょう。新型コロナのせいで従来方式の入試ができなくなった大学が試験の代わりに推理小説の謎解きをさせる案を思いつくということから始まる話で、全体がミステリーの批評にもなっているというメタ構造を持っています。
千街:8位の結城真一郎『#真相をお話しします』は作者初の短篇集です。5篇入っているんですが、リモート飲み会やマッチングアプリといった世相を描いた素材とトリッキーなプロットとが組み合わされた内容になっています。何が起こっているのかわからないというホワットダニットの展開なんですね。いちばんの傑作は巻末の「#拡散希望」で、これは日本推理作家協会賞の短編部門を受賞しています。10位の『かくして彼女は宴で踊る』は、実際に明治時代に開かれていた芸術家たちのサロンで謎解きが行われていたら、という趣向の連作です。アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会』に倣って、意外な人物が探偵役を務めます。その正体もちょっとおもしろい。実在の人物が多数登場して、歴史ミステリーと読んでも差支えない内容になっているのが宮内悠介さんらしい緻密さだと思いますね。