連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年8月のベスト国内ミステリ小説

8月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。

 前回から橋本輝幸さんが加わった7人体制となりました。さて、今回選ばれた作品は。

若林踏の一冊:阿津川辰海『録音された誘拐』(光文社)

 現代犯罪小説を代表するシリーズの完結編である深町秋生『天国の修羅たち』(角川文庫)と迷った挙句、一作に詰まったアイディアの豊富さを評価して本書を選ぶ。これは誘拐された探偵事務所の所長を救うべく、耳が良いことが取り柄の探偵助手が推理に挑むという謎解き長編だ。盛り込まれた着想はどれも斬新で、「令和の世に誘拐ミステリを描くとしたら、どのようにアップデートできるのか」という点にありとあらゆる工夫を施しているのが素晴らしい。綿密な計算のもとに仕込まれた騙しの技も見事に決まっており、読後の充実感は最高。

藤田香織の一冊:辻村深月『嘘つきジェンガ』(文藝春秋)

 収められた3つの物語は、いずれも詐欺の話である。辻村深月が詐欺を描くとあっては、そりゃもう期待値だって上がる。ロマンス詐欺や、受験詐欺、成りすまし詐欺なんて、巻き込まれるほうがどうかしてる、と思う気持ちの隙間に黒く不穏なものが入り込んできて息苦しくなり、鼓動が早くなる。騙し騙され、さらに騙されて、読み進むうちに、これが自分とは無縁だなんて、とても言いきれなくなってくるのだ。でも、なにより凄いのは、そんな虚栄や我欲にまみれた犯罪の話なのに、黒く塗りつぶされていない点。この各話の結末、いやぁ痺れる!

橋本輝幸の一冊:荒木あかね『此の世の果ての殺人』(講談社)

 小惑星と衝突し滅亡する予定の世界。九州に住む小春は、そんな中でも自動車教習所に通い、教官のイセガワ先生に運転を習う。だが二人は他殺死体を発見し、勝手に捜査を始める。第68回江戸川乱歩賞受賞作。

 路上教習のシーンから、破滅を前に自殺者が相次ぎ、治安が崩壊した世界観があきらかになる冒頭でぐっと引きこまれた。落ちつきとしたたかさや狂気を兼ね備えた女性登場人物たちに好感を抱いた。主要登場人物たちが築く、家族愛でも恋愛でもないゆるやかな連帯も快い。今後どんな作品を書いてくれるのか、実に楽しみな新人だ。

野村ななみの一冊:荒木あかね『此の世の果ての殺人』(講談社)

 小惑星の衝突により大半の人類の滅亡が確定した世界で、連続殺人が発生した。終末が迫る中、なぜ犯人は殺人を?謎を追うのは、ある想いを胸に未だに自動車教習に通う小春と教官のイサガワ。教習車から死体を発見した二人は、荒廃した街で犯人の足跡を探し始める。
 彼女たちの関係性はもちろん、二人が道中で出会う人々も魅力的。秘密を抱えた兄弟をはじめ、極限状態にあっても最後の瞬間まで〈人〉として生きようとする彼らは、残虐な犯人とは正反対である。真相に辿り着いた小春とイサガワが最後に見る美しい景色には、思わず息を呑んだ。

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