杉江松恋×千街晶之×若林踏、2022年度 国内ミステリーベスト10選定会議 満場一致となった第1位ミステリーは?

2022年度 国内ミステリーベスト10

1位となるのはどの作品?

杉江:ありがとうございます。さあ、ここからが問題ですよ。暫定3・4位に佐藤究『爆発物処理班の遭遇したスピン』と呉勝浩『爆弾』が並んでいます。この二人は大藪春彦賞を同時に獲るなど、何かと比較されるライバル関係と言っていいでしょう。今回はどっちが勝つのか。

千街:爆弾対決ですね(笑)。

若林:『爆弾』は停滞するところがまったくない小説です。以前の呉さんは重厚なテーマを扱っていたこともあり、小説の中に少し滞るところがあった。それはご本人も意識されていたはずで、日本推理作家協会賞を獲った『スワン』のあたりから克服されて小説としてもスワンのあたりから完成度が上がった感があります。対する『爆発物処理班の遭遇したスピン』は多彩で、読者によって好きな作品がまったく異なる。違うツボを押されるんですね。

千街:二作とも両者が全力投球した一冊でしょう。これが長篇と長篇だとまだ比較のしようもあるんですが、一方が短篇集なので難しいです。

若林:それで言うと、佐藤さんはこの前の長篇『テスカトリポカ』で直木賞も受賞されていますよね。長篇もいいけど短篇も凄いんですよ、ということを見せつけたという意味で今回は佐藤さんに軍配を上げてもいいのではないでしょうか。

千街:そういうことなら3位『爆発物処理班の遭遇したスピン』ということでいいと思います。

杉江:わかりました。ここで一応確認です。現状は暫定1・2位が白井智之『名探偵のいけにえ』と小川哲『君のクイズ』になっていますが、『爆発物処理班の遭遇したスピン』をそれ以上にするかどうか。

若林:いや、その2冊は不動だと思います。今年を代表する謎であり推理の小説ですよ。

杉江:では、佐藤さんには2022年の短篇集代表ということで納得してもらいますか。残る2冊の比較がまた難しいですね。小川哲『君のクイズ』は「クイズ番組で、まだ問題が読まれないうちに正解に到達できたのはなぜか」という謎があまりにもシンプルで美しいので人の心をとらえます。対する白井智之『名探偵のいけにえ』は手数の小説だと思うんです。今年は方丈貴恵『名探偵に甘美なる死を』、紺野天龍『神薙虚無最後の事件』のように、伏線呈示と仮説検証を徹底して書き込んだ手数の多い作品が目立ちました。そうした構造美の作品の頂点にあるのが『名探偵のいけにえ』だと思うんです。ミステリーにはさまざまな評価ポイントがありますが、ここは謎解き、すなわち本格としての観点から見ていただいてはどうでしょうか。

千街:私は『いけにえ』『クイズ』の順番でいいと思います。何より、白井さんがここまでの作家に化けたという感動がありましたから。もちろん今までも応援はしていましたが、扱う題材が特殊だったり、描写が凄惨だったりしてマニア向けの域は出なかった。ここまでどんな読者にも薦められる、それでいて本格ミステリーのおもしろさ以外の何物も体現した作品ではないものを書かれたか、という驚きが私にはありました。

若林:本格ミステリーには真相に向けてすべてを逆算して書いていくものだと思うんです。白井さんはもともとうまい作家だったけど、それを突き詰めた作品ですね。本当に必要なものだけを集めた作品です。

杉江:デビュー作の『人間の顔は食べづらい』は横溝正史ミステリ大賞(現・横溝正史ミステリ&ホラー大賞)応募作なんですけど、実は受賞はしていないんですね。落選したけど、選考委員からの推薦があってデビューに至った。そういう敗者復活戦から這い上がって来た作家です。対する小川さんはデビュー第2作の『ゲームの王国』で早々と山本周五郎賞を獲ったことからもわかるように、最初からみんなに来たいされていた小説界のプリンスです。その対比がおもしろいですね。『名探偵のいけにえ』には多重解決構造についての意外な視点や、探偵が行う推理の妥当性についての言及があり、実は批評的な部分があります。対する『君のクイズ』は知性の小説だと思うんですね。知性という視点から人間を書いてみようと。そうすると知性とは謎の解明ということもであるから必然的にミステリーになる。小川さんの天才性がミステリーとしての構造を引き寄せた。

千街:私は『名探偵のいけにえ』がなかったら今年のベストは『君のクイズ』でした。それは間違いないところです。でもあるんだから仕方ないんですよ。小川さんすいません、と言うしかないでしょう。

杉江:仕方ないですねえ。小川さんはミステリーに理解がある方ですから、ここまでの議論を見ていただければ納得してくださるでしょう。よし、仕方ない。1位『名探偵のいけにえ』、2位『君のクイズ』です。これですべての順位が決定しました。

千街:異議なしです。今までこの選定会議を何年もやってきましたけど、予選の段階で3人が1位にした作品が一致したのはこれが初めてじゃないでしょうか。文句なしの1位です。

リアルサウンド認定2022年度国内ミステリーベスト10選定会議・その1リアルサウンド認定2022年度国内ミステリーベスト10選定会議・その2
リアルサウンド認定2022年度国内ミステリーベスト10選定会議・その3
リアルサウンド認定2022年度国内ミステリーベスト10選定会議・その4

【選考結果】
1位『名探偵のいけにえ』白井智之(新潮社)
2位『君のクイズ』小川哲(朝日新聞出版)
3位『爆発物処理班の遭遇したスピン』佐藤究(講談社)
4位『爆弾』呉勝浩(講談社)
5位『エンドロール』潮谷験(講談社)
6位『捜査線上の夕映え』有栖川有栖(文藝春秋)
7位『偽装同盟』佐々木譲(集英社)
8位『入れ子細工の夜』阿津川辰海(光文社)
9位『#真相をお話しします』結城真一郎(新潮社)
10位『かくして彼女は宴で踊る 明治耽美派推理帖』宮内悠介(幻冬舎)
次点『リズム・マム・キル』北原真理(光文社)

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