映像を補完、アニメファンを仰天、乱歩賞作家がファン魂を炸裂……「ガンダム小説」はアニメと並ぶ柱だ

ガンダム小説はアニメと並ぶ柱だ

 『機動戦士ガンダム』といえば、1979年にTVアニメとして登場して以来、今も高い人気を誇り新しいシリーズも作られ続けている。そんなアニメと同じ1979年に登場したのが小説版のガンダムだ。アニメとは違ったストーリーや、アニメ化されていないストーリーを描いたり、アニメでは省略された部分を補完したりといった具合に、アニメ、ガンプラと並んでガンダムを楽しむ上での太い柱となっている。

 興行収入が6月20日で8.5億円に達して、まだまだ伸びる気配の映画『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』。TVアニメ『機動戦士ガンダム』の第15話「ククルス・ドアンの島」を、シリーズのキャラクターデザインや作画監督を務めた安彦良和が、監督として新たに描き直した作品としてファンを喜ばせている。

 アムロやガンダムを乗せたホワイトベースが、アフリカ大陸沖のカナリア諸島に立ち寄った時、近くの無人島にジオン軍がスパイを残している可能性が浮かび、アムロやカイ、ハヤトが調査に向かう。そこに現れたジオン軍のザクにガンダムでは倒され、乗っていたアムロは意識を失う。目覚めたアムロは無人島のはずのその島に子供たちが大勢いて、ククルス・ドアンという男とともに暮らしていることを知る。

 ドアンがジオン軍の脱走兵で、戦争で肉親を失った子供たちの面倒を見ていること、ドアンがモビルスーツのパイロットとして高い腕を持っていて、島にやってきたジオン軍のモビルスーツを退けてきたことは、映画を見ていれば理解できる。ただ、どうしてドアンが脱走したのか分からなかった。竹内清人による『小説 機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』(KADOKAWA)を読むと、その理由がドアンに起こったある悲劇によるものだったと分かる。

 小説版の冒頭、ドアンは映画にも登場し、ドアンが抜けた後のサザンクロス隊というモビルスーツ部隊を率いるエグバ・アトラーとあるミッションを成功させる。傭兵に過ぎなかった2人を、ジオンの正規兵に引き上げたほどの重大なミッションが後に、ドアンの身辺に重大な事態をもたらしたことが小説版には書かれてあって、後悔と苦渋の果ての決断だったことが見えてくる。

 サザンクロス隊に所属する女性パイロットのセルマ・リーベンスが、ドアンに思いを寄せていることは映画からもうかがえるが、ようやく果たされたドアンとの再会シーンは、映画ではあまり情動を誘うものにはなっていなかった。小説版ではドアンとセルマの関係が、セルマの生い立ちとともにしっかりと描写されていて、戦争というものが持つ悲劇性を浮かび上がらせる。

 映画では、アムロの回想の中にだけ登場したシャア・アズナブルが、マ・クベと面会しサザンクロス隊とも言葉を交わすシーンも書かれてあって、シャア好きには嬉しいところ。TVの1エピソードを安彦監督の下、根元歳三が脚本を手がけて作り上げたストーリーを、『小説 機動戦士ガンダムNT』(KADOKAWA)を書いた竹内が読み応えのある小説に仕立て上げた。読んでから映画を見直すと、ドアンやセルマら登場人物たちの心の動きが補完されていて、より深く物語へと入り込めそうだ。

 2021年に公開となって、ガンダム映画では過去最高の興行収入を上げた『機動戦士ガンダムⅢ めぐりあい宇宙編』の23億円に迫る人気を見せた『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』は、映画より先に、それも30年近く前に小説として発表された作品だ。書いたのはガンダムシリーズの生みの親とも言える富野由悠季。1988年に映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』を監督して、シャアとアムロとの戦いに決着を付けたあと、平穏を取り戻すどころか地球に暮らす人々と宇宙に出て行った人々の間の意識の差が広まり、テロが繰り返される宇宙の悲劇的な様を描いた。

 アムロたちが乗るホワイトベースを指揮したブライト・ノアの息子のハサウェイ・ノアを主人公に、大国同士の覇権をかけた争いから、世界の有り様に疑問を抱いた者たちによるテロへと移行してった戦いが繰り広げられる。モビルスーツを駆っての戦いの場面もあるが、ハサウェイや地球連邦の軍人でハサウェイと対峙するケネス・スレッグ、そしてハサウェイとケネスに絡む少女ギギ・アンダルシアが抱く思いを通して、宇宙時代に人類はどうあるべきかを考えさせた。

 読むことでしか触れられなかったその思いに、アニメで触れられることになった映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』は、市街地でのモビルスーツ戦がもたらす恐怖を、地面から見上げるようなアングルによって描いて強く印象付けた。映像ならではの迫力を持ったアニメ版が、小説として描かれ"確定"している悲劇的な結末に向かってどのように紡がれていくかを、30年前に小説を読んで衝撃を受けた人は、これから見守っていくことになる。

 もしかしたら大きく変わる可能性はあるのか。それこそ富野が書いた小説版『機動戦士ガンダム』(KADOKAWA)で、TVシリーズの重要なキャラクターが途中でいなくなってしまったのと逆の事態が、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』では起こるのかも興味の的だが、それでも小説版『機動戦士ガンダム』でアニメのファンが受けた衝撃は超えられないだろう。

 セイラ・マスの存在感もとてつもないレベルに高まっていて、「ガンダム」ファンだった中高生を強く刺激した。「月刊OUT」の1980年3月号に掲載されたセイラのピンナップ「悩ましのアルテイシア」と双璧ともいえるその刺激は、40年が経っても読者の心をくすぐりつづけている。

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