『違国日記』ヤマシタトモコが語る、“口うるさいマンガ”を描く理由 「人のあり方は多様でいいと気づくのはすごく難しくて苦しい」

『違国日記』ヤマシタトモコが語る、“口うるさいマンガ”を描く理由 「人のあり方は多様でいいと気づくのはすごく難しくて苦しい」

 「FEEL YOUNG フィール・ヤング」(祥伝社)にて連載中のヤマシタトモコによるマンガ『違国日記』の7巻が2月8日に発売された。

 35歳の少女小説家・高代槙生(こうだいまきお)と、その姪である15歳の少女・田汲朝(たくみあさ)。まったく違う性格を持つ2人が、“人と人は絶対に分かり合えない”ことを実感しながらも共に生きていく姿を描いた本作は、私たちが普遍的に抱える心の葛藤や傷を言語化し、「このマンガがすごい!」をはじめとする数多くのマンガ賞やメディアで話題を呼んだ。

 さらに7巻では、槙生の元恋人である笠町や、身寄りのない朝の後見人となった槙生を監督する弁護士・塔野のエピソードに触れながら、彼らを苦しめてきた“呪い”の正体や“男性社会の洗礼”にも言及し、そこから生まれる男女差別についても描かれる。今回は作者であるヤマシタ先生にインタビューを実施し、7巻で読者に伝えたかったことや、男性キャラクターに託した想いについて話を訊いた。(苫とり子)

男性読者にも物語の中のどこかに自分を見つけて欲しい

――そもそも、ヤマシタ先生が『違国日記』を描こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか。

『違国日記』1巻
『違国日記』1巻

ヤマシタトモコ(以下、ヤマシタ):打ち合わせで話したことだったり読んでいないんですが数年前に遺品整理や引越しで見つけた祖父や母の日記だったり、ヒントになったものはたくさんあるんですが、打ち合わせで「どういう作品を作りましょうか」と聞かれてまず答えたのが、ポール・フェイグ監督の『ゴーストバスターズ』ですね。ああいうものを描いてみたい、と。これは4人の女性が幽霊退治を行うSFコメディなんですが、その中で女性同士の連携が描かれていたり、出演者のケイト・マッキノン自身がレズビアンを公表していて、彼女が演じるキャラクターもそうなのかなというほのめかしがあったりする。なにより女ばかりが集まった時の超楽しい感じが最悪で最高!と思って、同じように楽しくて優しい、ハッピーな作品を描きたかったんです。当初想定していた物語とは、ちょっと違う形にはなりましたけど(笑)。

――たしかに『違国日記』はまた違った雰囲気ですが、女性のキャラクターそれぞれの葛藤や苦しみが至るところに散りばめられていますよね。ただ、7巻では笠町や塔野など男性キャラクターのエピソードが中心に描かれていますが、女性だけではなく男性の悩みにも触れた理由は?

ヤマシタ:これはよく言われることですけど、フェミニズムは女性だけのものではないんですよね。女性が踏みつけにされている問題には必ずそこに男性からのミソジニーの眼差しが含まれている。それに作中でも描いたように、男性もマッチョイズムから抜け出せなくて自傷し続けているような“男性性”から解放されてほしいし、フェミニズムは男性を抑圧から解放するきっかけでもある。だけどありがたいことに男性も『違国日記』を読んでくださっているけど、その男性読者の中には「これは女性の話で自分には矛先が向かない」と思っている方も少なからずいるような気がしたんです。元々笠町のことなどは掘り下げていくつもりでしたが、アプローチは少し変わった気がします。男性読者にも物語の中のどこかに自分を見つけて欲しくて。

――どこか他人事な気がしたと。なにより今回のお話は男性の呪いがすごく分かりやすいエピソードとして描かれていますが、どこからヒントを得られたんですか?

ヤマシタ:行動から垣間見えるものを勝手に想像したり、男性性について書かれている記事や本を読んだり。だから、いつもそうですが今回は特に、読者の反応が未知数なんですよね。リアルだと思ってくれる人もいれば、やっぱり自分の話じゃないと感じる人もいるはず。もしかしたら、ここまで楽しく読んでいたけど急に拒絶される可能性もあるかなと。ただ普遍的な話ではないにしても、私は“お前ら”の話もしていきます!ということは伝えておきたかったんです(笑)。

傷ついたら、ベッドで涙を流してほしい

――では、連載が始まる前からというよりは男性の読者も増えたから彼らのエピソードも入れようと思ったということでしょうか。

ヤマシタ:でも最初にキャラクターを考えて笠町の顔や人となりをメモしたネタ帳に、「槙生の元彼(かつていじめられていた)」って書いているんですよね。

ヤマシタトモコさんメモ
構想メモ(画像提供:ヤマシタトモコ)

 結局この設定はなくしたんですけど、経済的な豊かさがあって体格や能力に恵まれていて“男性らしい”とされる男性が、人には曝けだせないし見つけてもらえない苦しい過去や経験を持っているというエピソードは何かしら入れたいなと思っていたんです。

――そこから今の設定にしたのはなぜですか?

ヤマシタ:キャラクターたちの中で笠町は読者に好きになってもらおう、ときめいてもらおうという役割をもっとも担うところの人なんですが、今私たちがときめく男性像ってどんなだろうと考えていてだんだんと像が見えてきたというか。彼には「優しくありたい人」という核があります。その動機のひとつとして、男性が父親から愛されなかったと感じる時の苦しみ、それを周囲と容易に分かち合えない苦しみを託そうかなと。

――笠町は7巻において男性社会を降りると決めたら楽になった、と振り返っていますが、一度はステージに上がった彼が「ここから降りよう」と思えたのはなぜでしょうか。

ヤマシタ:人のあり方は多様でいいと気づくのは実はすごく難しくて苦しいですよね。結局そのプロセスは自分という人間を受け入れるということだったのかなとまだ道半ばですが自分の20代、30代を振り返って思います。どこかで呪縛や思い込みに気づいて意識的に変わっていくしかないんじゃないかな。

――男女ともに“こうあらねば”という呪縛や思い込みに気づくのは難しいですよね。それこそ、今回の7巻を読んで初めて気づくという人もいそうです。

ヤマシタ:そしたらベッドで涙を流してほしいです(笑)。私は物語を読んで傷つくのが好きなんですけど、みんな疲れているよねと思って序盤は色んな意味で読者に優しくしたつもりではいるんですが、ちょっとそろそろ……と思って少しだけ傷ついてもらいたいな、傷つくの気持ちよくない?という回を盛り込みました。

――連載の段階では、読者からどんな反応は返ってきましたか?

ヤマシタ:たまたま目にした感想でなるほどと思ったのは、「笠町も塔野もハイスペックだから、男性らしさから降りられるんだよね」という意見ですね(笑)。それこそ塔野は最初からそこに乗れないし、乗りたいとも思っていない人間だから一度も男性社会の洗礼に参加できずに、参加せずにここまでこれているわけですけど、たしかに彼が同時に男らしさにすがらなくても生きていけるだけのスペックを持っているからという側面もあるなと。でも、マンガだからかっこいい登場人物を書かなきゃいけなくて、私もジレンマなので、そこは勘弁してっていう(笑)。もちろん彼も人生順風満帆の人ではないんだけど。でも、その感想はそれだけ身近な話として考えてくれたということなのかなと思いましたね。

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