【漫画試し読み】なぜ人は秘密を喋ってしまうのか? えすとえむが『王様の耳』で描いた「誰かに言いたいという心理」を語る

『王様の耳』えすとえむインタビュー
『王様の耳-秘密のバーへようこそ-』①(えすとえむ/小学館)

 言ってはいけない秘密ほど誰かに話したくなるーー自己開示欲は人間ならではの欲求だ。秘密を話すことで自分のことをわかって欲しい、苦しみを和らげたい、距離を縮めたい……。秘密を打ち明ける理由は人によってさまざまだ。

 漫画『王様の耳』(小学館)は、そんな秘密を買い取る謎のバーが舞台となっている。しかもオーナーは買い取った秘密を体に取り入れ生きながらえている、得体の知れない存在。不思議な設定の本作だが、“とある秘密を”きっかけに物語は大きく動き出す。後半にかけて大きくうねるストーリーと疾走感は、ぜひ読んで体験してほしい。

 今回は作者のえすとえむ氏にインタビュー。物語の大きなテーマ「なぜ人は秘密を話してしまうのか」についてや、制作の裏側を語ってもらった。

謎のオーナー×懐っこい青年

ーー本作は「女性セブン」(小学館)での連載作品となりますが、物語の構想はいつごろからあったのでしょうか?

えすとえむ:物語は連載が決まってから考え始めました。最初は“悪い男”を登場させることだけ決まっていたんです。“悪い人間”というのは大抵何か後ろめたいことがある……という連想から、物語のテーマを「秘密」にしました。そこから自然とバーを舞台にすることも決まっていったんです。

ーー本作の装丁もバーの扉に見えるような仕掛けになっており、非常に雰囲気がありますよね。

えすとえむ:びっくりですよね。紙でこんな贅沢なことは2度と出来ないだろうと思っています。当初、デザイナーのteraccoさんと「紙で買いたいと思えるような装丁にしたい」と話し合っていたんです。それを聞いた担当さんも「デジタルが主戦場になって、書店に足を運ぶ人も減っているいるなかで、作家さんにそういう思いがあることを聞けてすごく嬉しい」と乗ってくださって。「窓の部分は穴を開けようか」とか、試行錯誤してこの装丁になりました。

ーー本当にバーの扉を開けたように見え、素敵な装丁です。

えすとえむ:漫画雑誌だとまずできないような仕上がりになっているので、ぜひ手にとって欲しいですね。

ツルツルとしたカバーは一部が透明になっている。さながらバーのドアの小窓のよう。

ーー表紙を飾るキャラクターについてもお伺いしたいのですが、まずバー『王様の耳』のオーナー・鳳麟太郎(おおとりりんたろう)はどのように生まれたのでしょうか。

えすとえむ:オーナーはモデルになった人がいるわけでもなく、「こういう人がいたら通っちゃうだろうな」という雰囲気で描きました。あと私がオールバックの男性を毎週描けたら楽しいなと思ったので(笑)。

ーー一方、オーナーと一緒に働くことになったシバケンくんこと柴健斗ですが、オーナーとは対照的な性格というのもあっていいコンビですよね。

えすとえむ:オーナーがオムニバス的に話を転がしていく一方で、別軸で主人公になる人物がシバケンくんです。その2本軸で話を進めていこうというのは、最初から考えていました。

 オーナーは得体の知れない存在なので、もう少し人間味のある人物がとなりにいたほうがいいかなと思い、シバケンくんは朗らかな性格にしました。オーナーみたいな人と関わるとき普通なら構えてしまうと思うのですが、シバケンくんのあっけらかんとしたところや隔のなさが、オーナーといい相性になるのではないかと思ったんです。

ーー物語はこの2人が経営するバー『王様の耳』が舞台となっていますが、秘密を買い取ってもらうために客はカクテル「ガイダロス」を注文するという約束があります。実はこの「ガイダロス」、ただの水なんですよね。

えすとえむ:ものの価値が人によって変わるところが面白いと感じていて。物語のなかではシバケンくんと、もうひとりの主要人物・滝口あかりだけがガイダロスを水だと指摘したのですが、気づいている人はもっとたくさんいたと思うんです。

 でもその場の雰囲気だったりオーナーとの関係性を考えると、そこに意味を見出してしまったり、本当のことに気がついていても言えなかったりするんです。オーナーも、客がガイダロスにどう反応するか楽しみながらプロファイリングをしていたんだと思います。「これは水だ」と言えない人は、要するに「王様の耳はロバの耳だ」と言えなかった床屋と同じ状態なわけです。

週刊連載という圧倒的なライブ感

ーー本作は週刊誌の連載作品ということですが、制作のスピード感は普段とは違いましたか?

えすとえむ:ちょっと体験したことのないスケジュール感でしたね(笑)。普段の2倍のスピードで進めていたような気がします。3週掲載して1週お休みというスケジュールだったのですが、ほかの連載も抱えていたので……。実際は毎週締め切りがくるような生活でした。普通ならこういう場合、1か月分くらいのストックを用意してからスタートするのが普通なのかもしれないですが、私の性格上ストックが用意できなくて……。それはもう大変なことになりました(笑)。

 一度、同期に失敗して作画データがまるっと消えたことがありました。上書きを間違えてしまったみたいで真っ白になっちゃって。頭も真っ白になりましたよ。そのときは仲間に声をかけてなんとか乗り越えた記憶があります。担当さんは私の作品を「漫画でありながら小説を読むような、絵の奥に見える“描かれていない”物語性が魅力」と仰ってくださっていたのですが、その時ばかりは絵がかなり乱れてしまって……。そういったところも単行本では描き直しています。

ーーそれは大変でしたね……(笑)。作品はデジタルで制作していたのですか?

えすとえむ:今回初めてフルデジタルで描きました。普段だとデジタルのタッチはシュッとしすぎるかなと感じていたのですが、この作品なら整理された線でもスタイリッシュに見せられるんじゃないかと思ったんです。色合いも、黒と白でパキッとしたコントラストを意識しました。あとはデジタルだとどこにいても描くことができるので、時間短縮ができるという理由もあり、フルデジタルを選択したんです。

ーー激動の制作期間だったと思いますが、そのスケジュール感ですと物語を練る時間を捻出するのも難しかったのではないでしょうか。

えすとえむ:作画よりネームに1番時間がかかっていました。結果として全体的に少し展開を急いでしまったかなと思っています。前半はそれぞれのお客さんにフォーカスしたオムニバス形式で物語が進んでいくんですが、いま思うとそのパートをもっと増やしてもよかったかなと。

ーー描いていくうちに変化したキャラクターや展開はありましたか?

えすとえむ:キャラクターでいうと、シバケンくんが私の想定より頑固で意固地でしたね。もっとフワッとした性格の想定だったんですけど、彼の過去を描いていくうちに本当の性格が見えてきたというか。物語を進めながら肉付けをしていったキャラクターというのもあって、終盤になって私もようやく彼のことを理解できたかなと思います。

ーー物語の最後も、彼らしい決断でしたよね。

えすとえむ:実は4、5巻を描いている時点ではまったく違う結末にするつもりだったんです。でも彼を描いていくうちに違う展開になって、私も「えー!」って思いながら描いてました(笑)。

ーーその最後のシバケンくんの決断にも大きく関与している、バー『王様の耳』のルール「秘密を売ると2度と自分の口からは話せなくなる」という代償はなぜ設定したのでしょうか?

えすとえむ:客が秘密を打ち明けてお金を得るからには、何かデメリットもあったほうがいいなと思ったんです。それで、秘密を打ち明けた人にとって1番しんどい思いをするのはなんだろうと考えたときに、秘密を自分の口から言えなくなることなんじゃないかなと。その代償と、後半のシバケンくんのパートとの絡みは最初からなんとなく設定していました。

秘密を“明かす者”と“知りたがる者”

ーー本作の大きなテーマである「人はなぜ秘密を明かしてしまうのか」ということについてですが、ひとつに“バー”という場所の空気感がありますよね。

えすとえむ:居酒屋や喫茶店とは違って、バーは普段しないようなお話をしているイメージがあって。私もバーで「これ聞いちゃって大丈夫?」っていう話を聞いたことがあります(笑)。バーはほかの場所に比べて、会話に説得力が生まれるような気がしているんです。聞く方も「なんでこの人いまこんなこと言ったんだろう」とか深く思わずに、スッと受け入れちゃうんです。

ーーたしかにバーで秘密を打ち明けられても、違和感がないですよね。むしろそういう話を聞くための場所と認識している節もある。

えすとえむ:人が秘密を打ち明けるのに説明がいらなくなる、シチュエーションの“ズルさ”がありますよね。場所の魔法のように感じています。

ーー本作では、滝口あかりがニュースキャスターという職業であったり、その滝口あかりを追う週刊記者の視点も含め、秘密を“聞く側”の心理もしっかりと描かれていますよね。

えすとえむ:週刊誌の連載で「秘密」をテーマに扱うなら、秘密を知りたい側・広める側のことも絶対に描こうと思っていました。でもあまりポジティブには描いていないところもあるので、大丈夫かな……とも思ったのですが、自由にやらせていただけて本当にありがたかったです。

ーー週刊誌の連載でその側面もしっかりと描くというのは、とてもチャレンジングですよね。作中の「恨むべきは、人の好意そのものじゃないか」という一文が、個人的にはすごく刺さりました。

えすとえむ:秘密がある以上、知りたいと思う人たちは絶対に存在します。そして秘密を抱えきれない、誰かに言いたいという心理も同時に存在する。だから現代は「王様の耳はロバの耳!」って言いながら、みんなSNSにいろいろ呟いているのかな。広めたってしょうがない。でも知りたい。そのどちらの心理も描いていかなければいけないと思いながら制作していました。

卓上に並べても映える単行本。

ーー現在えすとえむ先生は、カズオ・イシグロの小説『日の名残り』のコミカライズ作品を「ハヤコミ」(早川書房)で連載していますが、そちらの作品の手応えはどう感じていますか?

えすとえむ:正直、びっくりするくらい大変ですね(笑)。というのも、小説『日の名残り』は独白が中心で、セリフ自体が少ないんです。対して漫画はセリフをテンポよく読み進めていく側面があるので、そのバランスを取ることを常に意識しています。あとは小説に書いてある情報をすべて漫画に落とし込むことは不可能なので、どこを拾って見せていくか、というのも勉強しながら制作させてもらっています。

ーー小説から漫画にする際、実際はどのようにして組み立てていっているんですか?

えすとえむ:私は漫画を見開きで考えてしまう癖がついているので、見開きで見たときにまず大ゴマの配置をぼんやり浮かべて、次にそのあいだの連続した画像をハメていく……という感じで組み立てていますね。もちろんセリフがあるので、そこの分配を考えながらですが。

ーー『王様の耳』は制作スピードが先生にとってひとつの挑戦でしたが、『日の名残り』もまた新たな挑戦なのですね。最後に、『王様の耳』の読者に向けてメッセージをお願いします。

えすとえむ:いままで読んでいただいていた方には、まず最終巻お待たせいたしました。この作品は少しずつ読むのと一気に読むのではまた違った感想を持てる作品になっているので、初めて読む方も、ぜひ繰り返し読んで楽しんでいただければと思います。



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