マンガ大賞2020授賞『ブルーピリオド』はなにが凄いのか? 授賞式の模様を徹底レポート

マンガ大賞2020授賞式レポート

 マンガが好きな人たちが集まって、2019年に刊行された作品の中で、もっとも人に勧めたいマンガを選んで投票する「マンガ大賞」2020が3月16日に決定。高校生の矢口八虎が絵画で東京藝術大学への入学を目指す、山口つばさ氏の『ブルーピリオド』が受賞した。

 授賞式には、作者の山口つばさ氏が、女子高生だったころに被った経験があり、今もTwitterのアイコンにしているカエルの被り物で登壇した。「マンガ大賞」2019を『彼方のアストラ』で受賞した篠原健太氏から記念のプレートを受け取った。

(左:山口つばさ氏、右:昨年受賞の篠原健太氏)

 篠原氏は『ブルーピリオド』を読んでいて、「僕も美術大学出身で、高校生の時に予備校に通っていました。受験当日のあるあるがたくさん描かれていて、汗をかきながら楽しませていただきました」と感想を話した。逆に山口氏は、「父から『彼方のアストラ』は『ブルーピリオド』より面白いから読んだほうが良いと言われました。読んだら感動でベッドイン五体投地して泣きました」と『彼方のアストラ』を絶賛した。

 マンガ大賞2019でも『ブルーピリオド』は最終候補としてノミネートされ、3位と好位置にはつけたが受賞を逃した。山口氏は「あこがれていた賞でした。当日まで本当かなと思っていました」と受賞がなかなか信じられなかった様子。授賞式に臨んで実感もわいたようで、「お父さん見てるー?」とカメラに向かって声をかけ、「感慨深いです。有難いです」と喜びをあらわにした。

『ブルーピリオド』1巻書影

 優等生だがガリ勉ではなく、頭を金髪にして友人たちとサッカーの試合をみて騒ぎ、未成年ながらもタバコも吸う人間だった矢口八虎。それがある日、入り込んだ美術室で1枚の絵を見て心に来るものを感じ、誘われるようにして美術部に入って絵を描き始める。そこで知ったのが、東京大学よりも難関だという東京藝術大学の存在。自分自身がやりたいと思える対象として、絵画にのめりこんでいった八虎は、そのまま東京藝大美術学部の油画を目指すようになる。

 『ブルーピリオド』とはこういったストーリー。いわば部活もので受験もの。運動系なら野球にサッカーに柔道に剣道に長刀と豊富な類例があるし、文化系でも「マンガ大賞」2020で候補にあがった保谷伸氏の『まくむすび』が高校の演劇部を舞台にしている。『ブルーピリオド』は高校の美術部に止まらず美大を目指す予備校に範囲をひろげ、そこに集まって同じ目標に向かいカンバスに向かう若者たちの悩みや苦しみ、そして描くことの喜びをマンガにしている。

 山口氏によれば、初のオリジナル連載を始めるにあたって、担当編集者から「売れるマンガを描く努力をしてみてと言われた」という。「売れるマンガって何だろうと本屋さんに行って眺めてみて、ファンタジーかスポ根と思いました。自分が美術を勉強していたので、美術の勉強もスポ根として描いて良いかと思ったのがきっかけです」。文科系でありながらスポ根もののような熱さが『ブルーピリオド』からほとばしるのは、発端にそうした意識があるからなのかもしれない。

 努力した結果、意外な才能が花開き、けれども壁にぶつかって挫折しそうになり、それでも乗り越えて結果をつかむ。青春の王道とも言えそうな筋が『ブルーピリオド』にはあって、八虎が絵画の分野で成長していく姿をいっしょになって追っていける。その過程で行われる先輩からの助言であり、美術部の顧問からの指導であり、通うようになった美大予備校の講師からの教育が、絵を描く上でのアドバイスにもなっている。

 『ブルーピリオド』に投票した人からは、「『情熱』と『テクニック』という一見、相反する2つの要素を『美大受験』という一つの舞台に盛り込んだ。これで燃えないわけがない」(ダ・ヴィンチ編集長・関口靖彦)というコメントや、「これを読んでぼくも絵を描き始めました!(半分ほんと)熱い!青い!最高! ちなみにウチの子供(8歳)のベスト1マンガらしいです。伝わってる!」(作家・海猫沢めろん)といったコメントが寄せられている。

 ほかにも、「音楽を表現しようと試みるマンガはいくつかあったけど、『絵を描くこと』とはどういうことか、を表現するマンガはあまりなかったのでは。 『美大受験』という業界モノとして楽しめる一方、表現する衝動、楽しさ、苦しさがありありと伝わってきて、心ゆさぶられます」(ブログ「マンガ食堂」管理人・梅本ゆうこ)といったコメントも。いずれも絶賛。そして、作品から何かを感じ取っている。

 作品に描かれた美大合格のためのテクニックは、美大合格のための参考になりそうだが、『ブルーピリオド』をそうした受験テクニックを学ぶマンガとして読んではつまらない。絵とは何か。なにをどう描き、どう見せるのかを突き詰めることで、自分が絵を描く意味が感じられるようになる。八虎が新しい道へと踏み出す7巻以降の展開では、それが大きなテーマになってきそう。授賞式で山口氏は将来構想について聞かれ、「ネタバレになるので言えませんが、描けてなかった部分、今まで当たり前だと思っていたことが、本当にそうなのかを掘り下げていけたら良いです」と答えた。

 芸術の神髄に迫るような展開になるのか。それとも山口氏自身が「入って1年生の時に、何を描いたら良いか分からなくなってしまったんです。そこで、自分が好きだったものの原点に戻ろうと思いマンガを描き始めた」ように違う道を模索するような展開になるのか。今後が楽しみだ。

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