不運の大型犬は、いかにして橇犬チームをまとめた? 名著『野性の呼び声』から見えてくる理想のリーダー像
ソーントンが提示するのは、チームの構成員の人(犬)格を尊重する大らかなリーダー像だ。相手が犬だろうとわが子のように接し、常に心配りを忘れないソーントン。この新しい主人にバックは強い愛情を抱くようになる。ソーントンはバックも連れて、お宝を求めて仲間たちと共に東部へと旅立つ。幸運にも金の眠る土地を見つけ、そこに腰を落ち着けて宝の山を築いていくソーントン一行。だが平和な日々は、北方地域での緊張感に満ちた生活を経たバックにとって、どこか飽きたらないものがあった。眠っていた野獣の血を抑えきれなくなり、現地の動物たちと戦うために、たびたびキャンプ地を離れては森へと向かうバック。彼は次第に人間たちと距離を置くようになる。
バックのように野性的なタイプのリーダーは、平時でもこうして刺激を求めて腰が落ち着かず、トラブルを招く恐れもある。一方、ソーントンのような放任主義タイプのリーダーには、あくの強い構成員を統率しきれるのかという不安がある。そこで理想のリーダーとして最後に浮かび上がるのが、作者のジャック・ロンドンその人だ。彼のような叩き上げの苦労人で、リーダーシップの重要さを熟知する百戦錬磨の政治家が今の日本に存在していたら、コロナ禍でも安心できるのだけれど。
■藤井勉
1983年生まれ。「エキサイトレビュー」などで、文芸・ノンフィクション・音楽を中心に新刊書籍の書評を執筆。共著に『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、『村上春樹の100曲』(立東舎)。Twitter:@kawaibuchou
■書籍情報
『野性の呼び声』(光文社古典新訳文庫)
著者:ジャック・ロンドン
翻訳:深町眞理子
出版社:光文社
書籍ページ(光文社古典新訳文庫サイト内)
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