声優・浪川大輔が演じる医師は“変人で名探偵”? 現役医師が書く医療ミステリーの面白さ

人気声優が表紙に? 現役医師が描く名探偵

 アニメの『ハイキュー!!』で、大王様こと天才セッターの及川徹を演じ、『ヴァイオレット・エヴァガーデン』のアニメで、ヴァイオレットが慕う元上官のギルベルト・ブーゲンビリアを演じた人気声優の浪川大輔が、何と顔出しで表紙や口絵に登場しているのが、津田彷徨による小説『ゴミ箱診療科のミステリー・カルテ』(星海社FICTIONS)だ。

 浪川がそこでなりきっている三神宗一郎なる人物は、天才だが変人で、軽薄に見えて真摯でもあるという多彩で複雑なキャラクター。及川やギルベルト、そして『鬼滅の刃』で竃門炭治郎の刀を打つ鋼鐵塚蛍といった、浪川が演じてきた役が入り交じったような印象で、表紙から抜け出して舞台なりドラマで演じたら、どれだけ破天荒な暴れっぷりを見せてくれるかが気になってしまう。

 三神宗一郎とは何者か。答えは医師。港市立医療センターにあって「ゴミ箱診療科」と呼ばれ、ほかの科で持てあましている患者が送り込まれてくる総合内科で、部長という要職に就いている。優秀かというと、自分の部屋いっぱいにドミノを並べては、入室してきた部下で専攻医の柊はじめが倒してしまったと言って、説教をして並べ直させる変人ぶり。ほかにも、山ほどのマッチ棒を持ち込んでお城を作ったり、高齢の入院患者を集めて酒盛りをしたりと、医師とは思えない奇行で柊を困らせる。

 それでもクビにならないのは、大学時代に極めて有能だったことがあり、その伝手で着任した医療センターでも、三神の才能を買っている人たちがいるから。実際に、部屋の端末から電子カルテやスキャンされた問診票をながめただけで、柊が救急外来で診療した腹痛の女子が、ただの腸炎ではない可能性を指摘する。

 さらに、医療センター内で大量のマスクが消えてしまった事件や、夜の病棟から奇妙な声が聞こえてくる事件もしっかり解決。部屋に居ながら病院内のすべてを見通す安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)としての活躍を、大いに楽しめる医療ミステリーになっている。

 もっとも、それだけでは浪川が役を演じるにはいささか平凡だ。及川もギルベルトも『ルパン三世』の石川五ェ門も、抜きんでたキャラクター性でファンを引きつけてきた。三神にはそれがあるか? 実はあった。消えたマスクの事件が解決されたことで、院内にマスクの在庫が大量に積み上がった。夜の病棟から奇妙な声が聞こえてこないようにしたことで、病院内のどこからでもネットにアクセスできるWi-Fiネットワークが張り巡らされた。そして、柊にふりかかった身に覚えのない誤診の嫌疑を三神が晴らした結果として、彼に新たな役職が加わった。それらが、2020年の世界を襲い、今もなお大勢の人たちを苦しめている新型コロナウイルス感染症という、歴史的な事件に向き合う上で、重大な意味を持ってくるから面白い。

 「告白します……私は間違っていました」という、懺悔の言葉から始まるあとがきから浮かぶのは、COVID-19と名付けられた新型コロナウイルスに対し、2020年1月の時点で「そこまで危険視をしていませんでした」という悔恨の思いだ。作者の津田彷徨は現役の医師で、内科医として働きながらこの小説を執筆した。病院で発生する事件の数々や、病院内での権力争いなどがリアリティを持っているのも、作者の医師としての経験がしっかり盛り込まれているからだ。

 その津田が、医師としての悔恨を筆に乗せて綴った三神の活躍が現実にあれば、日本は今とは少し違った状況になっていたかもしれないと思わせる。ぼんくらの昼行灯に見えて、カミソリのように鋭い思考で難局を乗り切る三神は、浪川大輔が演じるに相応しい深さと広さを持ったキャラクターだった。その活躍を、今後続くかもしれない小説の上だけでなく、浪川の肉体を伴って動く姿として見たい。表紙と口絵だけではもったいない成りきりぶりだから。

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