「“推し”に好かれたい」整形の果てに何を見るのか? 『クラスで一番可愛い子』が突きつける矛盾

「“推し”に好かれたい」整形の先に見るもの

 えりは人生のルールとして、「一番可愛い子でいること」を掲げている。そんな彼女は理想の顔を手に入れたことで、神田のリアルな友達と繋がることに成功。推しである神田の座右の銘を知ることになる。それは、「絶対人を傷つけないこと」。神田は純粋で優しい。けれど故に、顔を変える前のえりに興味を持たなかったという事実が、彼女を傷つけていることには微塵も気づかない。誰もそれを咎めることはできないが、器量の良さからくる余裕にえりはまた傷ついてしまうのだ。ルッキズムに捉われた彼女が夢を叶えた先に何を手に入れるのか。ラストは自分のことを好きになれない女の子たちの心に寄り添う結末が待っている。

 ほか2本の短編にも、作者の想像力が活かされている。「怪物の庭」はルネサンス期に実在したイタリアの建築家、ピッロ・リゴーリオを主人公とした物語。彫刻家・詩人・画家・建築家など、様々な肩書を持つ多才なミケランジェロと交流のあったピッロは、ボマルツォの領主だったヴィチーノ・オルシーニ公爵に依頼され、“怪物公園”という奇怪な庭園を作らせた。その裏側にどんなドラマが存在していたのか。遠い昔の出来事に想いを馳せながら、芸術の意義を改めて考えさせられる作品となっている。

 もう一つは作者が2011年頃から現在まで続くシリア内戦のニュースからインスパイアされたという「バジリスクの道」。当たり前の平和を享受していた日本の人々が、対立する政府軍と反政府軍による内戦に巻き込まれていく姿を描いている。変わっていく日常の中で、平和だった頃と変わらない習慣を続ける主人公の少年。誰かが人を殺め、殺められた人を大切に想う人間が復讐のためにまた誰かを殺す。その無限ループを断ち切るために必要とされるシンプルな営みを少年が教えてくれる。コロナの影響で揺れる日本の情勢にも繋がる物語。本作の印税の3分の1はシリア難民への寄付に充てられる。

 単純なフィクションではなく、現実の世界を映し出す山中ヒコの感性が光る『クラスで一番可愛い子』。眠れない夜にページを捲りたくなる短編ストーリーを枕元に忍ばせて。

■苫とり子
フリーライター/1995年、岡山県出身。中学・高校と芸能事務所で演劇・歌のレッスンを受けていた。現在はエンタメ全般のコラムやイベントのレポートやインタビュー記事を執筆している。Twitter

■書籍情報
短編集『クラスで一番可愛い子』(祥伝社フィールコミックス)
著者:山中ヒコ
出版社:祥伝社
https://www.amazon.co.jp/dp/4396768044

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