Travis Japan・松田元太にも演歌の心が宿る? 土田世紀『俺節』リマスター版で読む魂の「うた」

伝説の漫画家・土田世紀の傑作『俺節』のリマスター版が、双葉社より刊行を開始した。現在、1、2巻が発売中、3、4巻は、7月24日に発売予定だ(全4巻/各巻に「原画原稿ギャラリー」を収録)。
土田世紀の『俺節』は、1991年から1993年にかけて、「週刊ビッグコミックスピリッツ」(小学館)にて連載された演歌漫画の金字塔である。
主人公の名は、海鹿耕治(あしか・こうじ)。青森(津軽)の地で祖母に育てられた気の弱い青年だが、卒業直前に高校を中退して上京してしまうような、大胆な一面も兼ね備えている。そんな彼の夢は、東京で一人前の演歌歌手になることだった。
※以下、『俺節』の内容に触れています。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)
作者の望郷の念が生み出した傑作漫画

物語は、音楽業界になんのコネもなかった耕治が、偶然、とある芸能プロダクションで出会ったオキナワというギター弾きとコンビを組んだことで静かに動き出す。そして、テレサというフィリピンから来た運命の女性との出会い……。
ちなみに、『俺節』が描かれた90年代初頭といえば、現実の音楽の世界ではいわゆるバンドブームが全盛期だったのだが、そんな時代にあえて、土田世紀は泥臭い演歌の世界を描いた。
『定本・俺節』(太田出版)収録の作者インタビューによると、「初めて上京したとき、『あ、これがホームシックか!』という気分に襲われ、中古レコード店でふと手にした新沼謙治『望郷詩集Ⅱ』でノックダウン。それから演歌、カントリー、ヨーデル、室内管弦楽……ジャンルに限らず「望郷系」のコブシを求めてむさぼり聴きするように。演歌にこだわりはないんですが、『帰らなきゃ、帰らなきゃ』と思わせる音に敏感になってしまったのです」とのこと。つまり、このときの「望郷系」の音楽体験が、のちの『俺節』の執筆につながっていったらしいのだが、実際、主人公のキャラクターには、若き日の新沼謙治のイメージと、「流し」を経て演歌の世界で成り上がっていった北島三郎の壮絶な人生が投影されている。
演歌を漫画で表現する
本作のテーマは、「故郷と都会」、「男と女」、「過去と未来」の対比であり、それはまさに演歌のテーマそのもの。注目すべきは、そんな演歌の「うた」の表現の革新性だろう。
漫画における音楽表現の革新といえば、上條淳士が1985年連載開始の『To-y』で見せた、「歌詞を描かない歌唱シーン」があまりにも有名だが(実際、『To-y』以降、ほとんど全ての音楽漫画から歌詞の描写は消えた)、『俺節』では、耕治(やその他の歌手)が歌う場面では、必ずといっていいほど既存の演歌の歌詞が挿入されている。
新しかったのは、この、「既存の演歌の歌詞の挿入」という点である。なぜなら、『To-y』以前の漫画にも「歌詞の挿入」は行われていたわけだが、その多くは漫画家が考えたオリジナルの歌詞であり、それを読み手が頭の中で「音」として「再生」するのは難しい。しかし、『俺節』に出てくる歌詞は、誰もが知っている演歌の名曲のそれがほとんどなため、誰でもその「うた」を容易に想像/変換しやすいのだ。
作中では、耕治が「うた」で暴走族の総長を説き伏せる場面など、エモーショナルな描写が繰り返されるが、圧巻は、暴力団との揉め事の末、耕治を守るためにフィリピンへ帰らねばならなくなったテレサを想い、耕治がひとり熱唱する「北国の春」(千昌夫)だろう。この場面では、「春の訪れと故郷への想い」を歌っているはずの千昌夫の名曲が、別の意味をもって読み手の心に強く訴えかけてくる。
「俺節」とは何か

さて、最後に、タイトルにもなっている「俺節」という言葉について考えてみたい。
物語の比較的序盤である第16話において、夜の街で耕治の「うた」(北島三郎「なみだ船」)を聴いた大物演歌歌手・北野波平(北島三郎がモデル)が、(ある程度は彼の実力を認めたうえで)こんなことをいう。「きみの風景の中に、きみが居なかったってことになるね」
ここで北野が指摘しているのは、耕治の「うた」は、夜の街で鍛えられ、「流し」としてのテクニックは感じられるものの、それはあくまでも見せかけの技術であり、自分(北野波平≒北島三郎)のコピーにすぎない、ということだ。
物語はこののち、羽田清次というロックバンド出身のライバルの登場や、オキナワとの別れ、名作曲家との心の交流などを経て、耕治が「自分にしか歌えないうた」――すなわち、「俺節」を手に入れるまでが生々しい筆致で描かれていく。
そこには当然、離ればなれになっていたテレサとの恋の行方も絡んでくる。果たして耕治は演歌歌手として大成できるのか。そして、テレサは耕治という懐かしい“故郷”へ還ってこられるのか。その答えは、今回のリマスター版で確認してほしい。
舞台版が上演
なお、この『俺節』の舞台版(脚本・演出/福原充則)が、2017年の初演より9年の時を経て、今年の6月から8月にかけて、新たなキャストによって再び上演される(東京[6月10日~6月30日]、福岡[7月8日~7月12日]、大阪[7月19日~8月2日])。
主人公の耕治(コージ)を演じるのは、Travis Japanの松田元太。バラエティ番組などで見せる飾らない素顔とは裏腹に、確かな歌唱力と演技力をもった表現者でもある彼は、優しさと激しさが共存する耕治というキャラクターを演じるに、最もふさわしい役者のひとりといえるだろう。こちらにも期待したい。
■『俺節 リマスター版』第一巻・第二巻
著者:土田世紀
価格:各3,080円(税込)
発売日:6月5日
出版社:双葉社

























