漫画『本なら売るほど』の“残念なポイント”とは? 紹介される古本のセンスをチェック

『本なら売るほど』センスに脱帽!

 古本屋が好きだ。大好きだ。いきなり自分語りになってしまうが、私が初めて古本屋に入ったのは中学一年生のときだった。最初は、ただ本が安く買えるから利用しているだけだったが、しだいに古本屋に行くことそのものが、楽しみになってきた。以後、なんだかんだで半生記も古本屋通いを続けていたりする。ネットの「日本の古本屋」や、オークションサイトも利用しているが、それはそれ。なにか面白い本があるかもしれないとワクワクしながら古本屋に向かっているときは、楽しくて楽しくてたまらない。しかも探していた本を見つけたりしようものなら、脳からドーパミンが出まくり。この瞬間、世界中で一番幸せな人間は私だと確信してしまうのである。

 それだから、古本屋を舞台にした漫画は見逃せない。漫画専門の古本屋を扱った芳崎せいむの『金魚屋古書展』、古本の街・神保町で繰り広げられる三姉妹のドラマを描いた冬目景の『百木田家の古書暮らし』は、見た瞬間に即買いした。もちろん、児島青の『本なら売るほど』も即買いである。

 『本なら売るほど』は、「ハルタ」98号に読み切りで掲載され、その後、短期連載になり、さらに長期連載となった。単行本は、2026年5月現在、3巻まで刊行されている。古本屋「十月堂」の主人がメインキャラクターだが、店にくる客や、主人公の周囲の人たちを含めた群像劇になっている。作品の評価は高く、「マンガ大賞2006」の大賞を受賞。また、「ダ・ヴィンチBOOK OF THE YEAR 2005 コミック部門」、「このマンガがすごい!2006 オトコ編」で、それぞれ一位を獲得した。

 周辺情報はこれくらいにして、作品の内容に踏み込んでいこう。実は第一話「本を葬送る」を読み始め、最初に出てくる古本がエイモス・チュツオーラの『やし酒飲み』だったので、いきなりアフリカ文学かと、ちょっと構えてしまった。しかしすぐに、毎日のようにリサイクルステーションに本を持ち込み処分をしている、古本屋の現実が描かれる。昭和時代に大量生産されたエンターテインメント作品の文庫や新書が、ある時期を境に安価で見つけるのが難しくなったが、それは売れない本として処分されたからだろう。古本屋の文化的な面と、どうしようもない現実が、ストーリーの中で並立しているのだ。

 そして本作は話を重ねるごとに、いろいろな事実が見えてくるタイプの物語である。主人公はかつてリフォーム会社の営業だったが、営業を失敗した古本屋「岡書房」の常連となる。そして「岡書房」が店を閉めると知ると、この街から古本屋が無くなるのは嫌だと、仕事を辞めて古本屋を開いたのだ。当たり前だが本好きであり、「十月堂」に置いている古本はきちんと吟味されている。いわゆる〝筋のいい古本屋〟なのだ。

 そんな「十月堂」を訪れる客たちのドラマが綴られていく。一話だけで消えていくのではなく、ある話で主役を務めた人が、別の話では脇役として登場したりする。主人公の知らないところで、登場人物同士が絡んだりもする。「十月堂」を中心にして、静かに広がっていく人の輪が気持ちいい。古本に興味がない人でも、この世界に浸ることができる。だからこれほどの人気作になったのだろう。

 とはいえ、やはり古本好きとしては、話に出てくる本に注目してしまう。各巻には参考文献一覧があり、出てくる本のリストが並んでいる。一巻から少し抜粋すると、寺田寅彦の『寺田寅彦全集』、澁澤龍彦の『高丘親王航海記』、森茉莉の『恋人たちの森』『貧乏サラバン』、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』、レイ・ブラッドベリの『華氏451度』……。いい本が並んでいるなあ。その本に関する会話や、内容を絵で表現した部分が素晴らしい。

 さらに突っ込んでいえば、第五話「当世着倒気質」で、着物好きな女性が「十月堂」で買う岡本綺堂の『半七捕物帳』全六巻は、旺文社文庫版である。彼女は病院で粋な着物姿の老婦人と知り合う。そのとき彼女の持っている『半七捕物帳』を見た老夫人は、「昔 アタシが読んだのと同じ表紙」という。『半七捕物帳』は、さまざまな版があるが、旺文社文庫版が出版されたのは1977年のこと。約半世紀前であり、老夫人が若い頃に読んだといっても納得できる。一方で現在でも、古本での入手は容易である。世代を越えたふたりの女性の心を結びつける本に、『半七捕物帳』というだけではなく、その旺文社文庫版を持ってきたところに、作者のセンスを感じるのだ。

 これは一例であり、作者のセンスは随所で発揮されている。本好きにとっては、そこもたまらない魅力になっているのだ。ひとつ残念な点を挙げれば、「十月堂」が実際には存在しないこと。しかたなく本を読み返し、読者の立場で常連気分を味わっているのである。

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