「“推し”に好かれたい」整形の果てに何を見るのか? 『クラスで一番可愛い子』が突きつける矛盾
漫画家・山中ヒコの短編集『クラスで一番可愛い子』(祥伝社フィールコミックス)が9月25日に発売された。
極貧生活を送る女子高生が御曹司の身代わりに仕立てられる純愛ストーリー『王子様と灰色の日々』や、江戸の下町に寺子屋を開いた脱藩浪人と天涯孤独な少女の心の交流を描いた『死にたがりと雲雀』。本作と同時発売となった、未来世界の国を守る最強戦闘種“イキガミ”と、そのドナーに選ばれた教師によるボーイズラブ『イキガミとドナー』(祥伝社)など、山中は商業誌デビュー以降、繊細な心理描写で幅広いジャンルの人間ドラマを描き、女性読者の心を捉えてきた。本作には、そんな作者渾身の3作品が収録されている。
表題作は“推し”のイケメン俳優に認識されるために、整形を繰り返す女の子の物語。もしも二重だったら、今よりも少しだけ鼻が高ければ、あの子みたいに小さな顔だったら……。この世界に生きる女の子の誰もが、一度は容姿にまつわる悩みを抱いたことがあるのではないだろうか。
はるか昔、生まれ持った顔はどんなに願っても変えることはできなかった。しかし、19世紀頃に「美容整形」という概念が誕生。1845年のドイツで、ディーフェンバッハという医師が行なった鼻形成術が美容整形の始まりとされている。美容整形の技術は年々発達し、メスを使わないプチ整形は気軽さから、若い女性の間で人気に。脱毛サロン「ミュゼプラチナム」が20歳から34歳の女性1058人を対象に行ったアンケートによると、美容整形の経験がある女性は3.1%に及ぶことが明らかとなった。
「親からもらった顔に傷をつけるなんて」「大事なのは内面、顔がすべてじゃない」……美容整形については賛否両論、様々な意見が飛び交う。もちろんありのままの自分を愛せるなら、それが一番いい。けれど可愛い子だけがチヤホヤされたり、あらゆる場面で優遇されたりと、私たちは日常で容姿による格差に晒されている。その中で、「ありのままの私が好き」と自信を持って言える人はどれほどいるだろう。
主人公の沢井えりも、面と向かって容姿を貶されたわけじゃなかった。ただ、父親が母親よりも若くて綺麗な女性と駆け落ちし、ハマっているミュージカルの俳優・神田征には塩対応され、その一方で可愛い子は他の俳優と一緒にご飯に行ける。否が応でも、えりは自分が一般的に“可愛い子”と分類される女の子ではない現実を突きつけられるのだ。
推しに認識されたい――。その純粋な思いだけを糧に整形を繰り返すえり。日本よりも安価で整形が受けられる海外に飛び、鼻から顎まで顔の全体を理想的な形に整えていく。すべては、誰よりも可愛くなるため。神田に好かれる自分、そして自分自身を好きになれる顔になるため。本当の自分を愛してくれない他人への恨みを押し殺しながら、痛みに耐える包帯だらけの姿が脳裏に焼きつく。ヒリヒリとした感覚と共に、何故か救われた気持ちにもなるこの場面。それは“ありのままでいい”と言いながら、完璧を求める矛盾した世界で生きる女の子の苦難を作者自身が理解してくれているからだろう。