出版業界が陥るパルプ・フィクション現象に出口はあるか 『パルプ・ノンフィクション』が伝える、紙の本への情熱

パルプ・フィクション現象に出口はあるか

 本書を読んで、大いに共感し、激しく胸を揺さぶられた。出版業界の内側を書いた本だからだ。著者とは立場が違うが、私も文芸評論家という、業界の内側の人間である。ページを捲っているうちに、書かれていることが他人事とは思えず、冷静な読書ができなくなっていったのだ。この原稿を書き始めても、まだ興奮している。つい筆が滑って、業界の不満をぶちまけてしまいそうだ。いや、それをやると、仕事が減ってしまう。少し落ち着いて、まず著者の紹介をしたい。

 三島邦弘は、「原点回帰の出版社」というメッセージを掲げる、小さな総合出版社・ミシマ社の社長である。出版社2社で編集者をした後、一念発起して出版社を設立。以後、ジャンルを問わず“一冊入魂”で本作りを続けている。益田ミリの本を結構出しているので、ファンならば知っている人も多いだろう。現在では社員十数人を抱えているので、出版社として成長しているようだが、経営は自転車操業だ。といっても小出版社は、どこでも自転車操業なので、ミシマ社が特別だというわけではない。

 この出版社でもっとも独特なのは社長である。熱血漢ならぬ熱中漢とでもいおうか。とにかく興味のあることができると、それに熱中する。もちろん最たる熱中は出版である。とにかく本が好きなのだ。それは本の内容だけではなく、本という物質についてもである。紙の本を電子書籍と同列に並べるなんて不可能だという著者は、「紙の本を前にすると、身体が喜ぶ!」と書いてしまうのだ。

 この発言には、大いに共感した。私も紙の本派だからだ。というか、電子書籍は内容が同じだけで、紙の本とは違うデバイスだと思っている。誤解のないよういっておくが、電子書籍に反対しているわけではない。電子書籍ならではの利便性があることは、よく分かっている。それでも紙の本がいいのだ。ページを手で捲りたい。本棚に並べたい。装丁を愛でたい。世界中の人間が電子書籍に移行しても、私は紙の本を読んでいるはずである。だから著者の宣言が嬉しい。しかも熱中漢だ。熱中して本を作っている姿が、読んでいて気持ちいいのである。

 ただし著者の文章は、非常に癖がある。ものすごく熱中した文章が続くと、ある瞬間、急に自分を客観視するのだ。これは著者が、複数の立場に身を置いているからだろう。具体的にいうと、著者と編集者である。本書の中で著者は、編集者の必要性を、繰り返し述べている。著者とは別の視点で内容に意見を出し、ブラッシュアップしていく。そのような存在が、絶対に必要だと信じているのだ。だからこそ、熱中して執筆する著者と、それを客観視する編集者という、ふたつの立場が入り混じる。ここが本書のユニークな読み味になっているのだ。

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