飯田一史が注目のWeb小説を考察
VR世界と現実世界の閾値は? 『インフィニット・デンドログラム』爽快バトルの背景を考察
2015年から「小説家になろう」連載中の海道左近『インフィニット・デンドログラム』は2016年「小説家になろう」VRゲーム部門で年間ランキング1位、「ラノベニュースオンラインアワード」初登場4冠達成、『新作ラノベ総選挙2017』ランキング1位、『このライトノベルがすごい!2018』新作第2位・総合第3位と人気の作品だが、この小説を原作とするTVアニメが2020年1月から放映中。
VRMMOものは数あれど、同小説はどこがいいのか? その魅力を紹介したい。
熱血主人公がクソ野郎をぶちのめす!
2044年、大学入学を控えた椋鳥玲二は兄もプレイしているダイブ型VRMMO『Infinite Dendrogram』(インフィニット・デンドログラム)をスタート。
デンドロは、各プレイヤーの性格・資質を反映してそれぞれに「エンブリオ」――『ジョジョ』で言うスタンドみたいな各人固有の特殊能力だが、必ずしもヒト型でしゃべるものとは限らない――を発現させ、育てていくことができることが特徴のゲーム。
主人公のエンブリオは、女性型でありながら大剣にも変形する「ネメシス」。彼女と共に主人公はランカーめざして共に戦っていく。
本作の魅力はなんといってもバトル。
正義感溢れる熱血漢である主人公の能力・戦い方は「受けたダメージの合計値を倍化した攻撃を放つ」固有スキル《復讐するは我にあり》(ヴェンジェンス・イズ・マイン)に象徴されるように、ダメージを受ければ受けるほど攻撃力が増す、というもの。
そして主人公が戦う相手には、PK(他のプレイヤーを殺害)しまくっているプレイヤーやら、子どもを殺して死霊として使役している山賊団のボスなど絵に描いたようなクソ野郎が次々登場する。ファンタジーゲームなので見た目こそモンスター然としているが、中身はヤンキーマンガなどに出てくるタチのわるい悪役に近い。
そんな敵に熱血主人公がやられてやられてこれでもかと追い込まれて瀕死状態になるが……最後は溜めに溜めた力を放って一発逆転! というバトルの爽快感が魅力だ。
ある意味『半沢直樹』のような「やられたらやり返す……倍返しだ」的なストレス発散効果がある。
主人公以外にも、クマの着ぐるみの格好をした主人公の兄が(意外にも?)めっぽう強く、決闘都市での戦いなどで活躍したり、戦隊ものみたいな格好をしたやつやキョンシー使い、リアルでも活動する宗教団体がこの世界を拠点に活動していたり、ジョブが「女衒」やら「記者」やらといった変わり種が続々登場したりして作品を彩る。
舞台が「2044年」なのはなぜか?
バトル以外の魅力としては、いったい何のためにこのゲームは作られ、運営されているのか? という「世界の謎」に迫っていく部分もある。
ファンタジー文学では主人公自身の謎と世界の謎がリンクしながら、つまりアイデンティティ探求と「この世界はなぜ存在するのか」「どんなしくみなのか」といったこととが合わせて探求されていくのがひとつの定型となっている。
本作には『不思議の国のアリス』に由来するチェシャやジャバウォックという名前を冠した管理AIが登場し、「個々人の能力に合わせて発現する」エンブリオを多様に生み出すことなどが運営の目的だと示唆されていく。
また、主人公のエンブリオであるネメシスのような「TYPE:メイデン」(ヒト型)を宿すプレイヤーは「この世界(ゲーム世界)を現実だという前提でいる人たち」という特徴がある。当初はその自覚がなかった主人公だが、ゲーム内のNPCの死を本気で悼み、あるいはAIでしかないはずのネメシスが自身の「心」を感じはじめる、といった方向からも「この世界はいったい何なのか?」という謎、そしてゲームを通じての死生観、生命観が描かれていく。
そういう「主人公の成長」と「世界の謎に迫る」ことがリンクするという意味で「ファンタジー小説的」な作品である。
舞台は2044年からスタートし、2045年に突入するが、2045年といえば発明家のレイ・カーツワイルが「シンギュラリティが起こる」といった年だ。だから本作でVR世界が現実世界同等だと言われたり、AIが心を持つ!? といったネタが描かれるのは「そういう符号」と捉えるのがスジだろう。SF的な興味を刺激する作品でもある(『仮面ライダーゼロワン』とやや近いテーマを扱っているとも言える)。
……といっても断っておくと、国と国との争いに主人公が介入して和睦をなんとか進めようとしたり、決闘都市でのトーナメント戦を描いたりとやはりバトル中心の話が基本的にずっと続き、分量の大半を占める。そういったギミックに関する部分や、「本物の世界とは?」と問うたり、臓器提供のために作られたクローンが登場して死生観を問うたりする部分は全体の5%あるかないかくらいだ。
ただいずれにしても、主人公の怒りに火を付けるような展開を用意し、主人公を追い込んで読者に感情移入させることと、そういう虚構世界のキャラクターに「このゲームは果たして本当にただのゲームなのか?」「デンドロ世界の中の生命はただのデータなのか?」と問わせることとは、一歩引いてみると重なっている。
いったい何をもってわれわれはある存在に「心がある」とみなすのか? という問題だ。
VRやAIが精巧に作られるほどに、われわれは虚構の存在に心を感じやすくなっていくだろうが、「マジで生きてるのでは?」「本当に心があるのでは?」という疑問を突き抜け、確信してしまう「閾値」を超えるには何が必要なのか。直接的に本作がそういう現代的な問いかけを扱っているわけではないが、読んでいて考えてしまう。
マンガ版も強くオススメ!
原作小説はもちろんおもしろいが、ゲーム世界を表現するには絵の力も重要だ。
その点、今井神の手によるコミカライズは情報量の多い本作をすっきり整理。
そしてバトルシーンで主人公が追い込まれていくときの心理描写、そして反撃する際の迫力ある構図が圧倒的にすばらしい。
個人的にはTVアニメ版よりマンガ版のほうが本作の魅力をより巧みにビジュアルで表現することに成功していると思う。
もしアニメを観てピンとこなかったという人も、ぜひ原作小説かマンガ版には手を伸ばしてみてもらいたい。
ウェブ小説は書籍版よりマンガ版が売れることが少なくないが、本作も文字を追っていると興奮してきて「絵でも見たい!」という欲望を喚起させる小説だ。
■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。