行定勲、初の韓国ドラマの現場で感じた“ストレス”と“可能性” 「また韓国で作品を作ると思う」

行定勲監督、初の韓国ドラマ進出の裏側を語る

 『GO』『世界の中心で、愛をさけぶ』『劇場』『リボルバー・リリー』などこれまで数々の作品を手がけ、約25年以上にわたり日本映画の第一線で活躍し続けている映画監督・行定勲。そんな行定が、日本ではLeminoで独占配信されている『完璧な家族』で、海を渡り初めて韓国ドラマの演出を手がけた。行定はなぜいま韓国ドラマの世界に足を踏み入れたのだろうか。じっくりと話を聞いた。

今回の経験を通じて実感したテレビドラマと映画の違い

――まずは、今回のドラマ『完璧な家族』の演出を手掛けることになったいきさつと、それをやろうと思った理由から教えていただけますか?

行定勲(以下、行定):この話の前から、韓国の映画会社やプロデューサーの方から、「韓国で一緒に映画を作りませんか?」という話をいくつかいただいていて。ただ、コロナ禍もあって、なかなか企画として進まないようなところがあったんです。そういう状況の中で今回の話が入ってきたんですけど、この話はそれまでのものとは全然違っていて。映画ではなくドラマと言いますか、いわゆる「OTT」ですよね。

――「OTT(オーバー・ザ・トップ)」――NetflixやAmazonなど、インターネットを介して提供される映像コンテンツですね。

行定:そう。いちばん最初の企画書は、配信用のOTTコンテンツを韓国で作る――全8話のドラマを韓国の制作会社が作って、それをどこかの配信サービスで流してもらうという話だったんです。今はまた状況がちょっと変わってきているんですけど、その頃はまだ、韓国ドラマだったら、どの配信サービスも買ってくれるような状況だったので。だから、とにかくスピードが速いんですよ。要は、僕がOKしたら、すぐにでも話が動き出すというか、もういろいろと準備はできていると。

――それまでの映画の企画とは、スピード感が全然違ったんですね。

行定:そうなんです。なので、僕がやると決めてからは、ホントにスピードが速くて。去年の8月に『リボルバー・リリー』の公開初日を迎えたあと、すぐに韓国入りしました。で、その1カ月後にはクランクインして、今年の3月頭ぐらいまで撮影して、その仕上げと言いますか、編集まで終えたものをプロデューサーに渡して、4月の下旬には日本に引き揚げてきたっていう。まあ、もっと言うと、僕が帰ったあとも、韓国では放送に合わせて、音の仕上げ作業をずっとやっていたみたいなんですけど(笑)。

――えっ、どういうことですか?

行定:このドラマを放送している韓国のKBSというテレビ局が、僕が渡したものを再編集しているんです(笑)。というか、僕は結局ファイナルカット権の話を最初からずっとしていたんですけど、韓国のテレビドラマと言いますか、テレビ局がなのか、制作会社がなのか、そういう意識がなくて。要するに、監督というのはあくまでも現場で演出する人間であって、それを最終的に形にして放送するのはテレビ局であるっていう。日本のテレビドラマの作りがどうなのかわかりませんが、明らかに日本のテレビドラマと違うのは、韓国の地上波ドラマは1話がびっちり60分で長いのと、今回は結局全12話になったんですけど、大体は16話か20話で構成されていて、それを毎週2話ずつオンエアするんです。だから結局監督というのは、現場の演出を回していくことに終始してしまうというか、もちろんそのあとの編集まではチェックして、自分のイメージを完結させていくんだけど、そこから先の編集権はプロデューサーが握っていて、プロデューサーが放送局と調整しながらオンエアしていくっていう。そういうやり方が一般的なんだっていうことを、僕は事前にまったく説明されることなくやっていたので、最初の頃はストレスが半端なくて(笑)。そもそも僕は、OTTだと思ってこの企画を受けたんですけど、よくよく話を聞いてみたら、「まずは地上波を絡めたいんだ」っていう話で……。

――日本で観ることのできる韓国ドラマって、実は結構そういうパターンが多いですよね。

行定:僕はそのあたりの事情がよくわかってなくて、8話で作ったものをそのまま地上波でも流すってことだと思っていて。だったらオリジナル版というか、OTTのほうはディレクターズカットみたいな形で配信して、地上波のほうはもう全部お任せしますから、という切り結びをしようとしたんですけど、どうやらそういう話ではないというか、配信会社との契約の中に「韓国の地上波で放送したのと同じもの」という一文が入っているらしくて。それは、裏を返せば、韓国ブランドがそれぐらい浸透しているというか、韓国で観られているものを、そのままの形でみんなが観たいと思っているってことなんですけど、そもそも最初8話だったものを、まずは地上波でやりたいから全12話にしてくれっていう話になって(笑)。

――あ、全8話って実際の話数と違うなと思ったら、そういうことだったんですね。

行定:そうなんです(笑)。その作業を誰がやるんだって話になるじゃないですか。脚本は8話分しかないのに。で、プロデューサーに相談したら、「それを水増しして12話にしてくれて大丈夫」とか言うんだけど、そんなわけにはいかないじゃないですか(笑)。それで結局、僕が書くことになったっていう。だから、「演出・脚色」っていうクレジットなんですよ。実際のところ、ほとんど脚本を書き変えたというか、頭のほうから、僕が想像していたものとちょっと違ったところがあって……。まあ、地上波でやる韓国ドラマはそういうものらしいんですけど、結構何でもありの脚本になっていて(笑)。で、「それだったら、僕がやる意味はないですよね?」って言ったら、「そこは変更してもらって大丈夫です」って言うから、最初から全部、僕がやりやすいように脚本を変えていって。最後の3話は、もう完全に僕のオリジナルなんですよね。

――そうなんですね。

行定:原作とはまったく違うオチというか、「家族とは何か?」というテーマを僕はやりたかったので、そこをきっちり描くために最後の3話分を費やしたっていう。まあ、そうやって、現場でいろいろ格闘したというか、今回の経験を通じていちばんよくわかったのは、テレビドラマと映画は、全然違うものなんだということでした(笑)。少なくとも韓国の場合は、明らかに違っていて。ただ、やっぱり日本よりも遥かに潤沢でしたね。

――それは、予算の規模的な意味ですか?

行定:そうです。日本だったらプロデューサーが最初の段階で絶対にノーということを、まずやらせてくれたところがいくつかありました。メインの撮影場所となる一軒家を、二階建てで実際に建てさせてもらったんです。しかもスタジオの中に。だから、ちゃんと庭もあって、ロケーションとのマッチングもできているという。二階部分は別でセットを建てて総二階にはせず、普通は分散させたりするんですよ。そうしないと、どんどんお金が掛かってしまうから。

――メインの舞台となる主人公一家の家は、実際に建てた家だったんですね。

行定:そうなんです。ただ、それは逆に言うと、速く撮ることが大前提というか、向こうの場合は、とにかく時間短縮に重きをおくんです。1日いくらっていう人件費の契約をシビアにしているから、とにかく撮影日数を減らしたい。そこが交換条件というか、それで速く撮れるんだったら、日本ではありえないぐらいのセットを用意してくれる。まあ、その分、速く撮らないといけないから、そこは大変だったというか、結局全12話を70日間で撮ったのかな? つまり、1話あたり5日ぐらいで撮ったという。

――作品の規模とクオリティから考えると、ものすごく速いですよね。

行定:相当速いと思います。ただ今回、ユ・イルスンという素晴らしい撮影監督と組むことができて。彼の師匠は、ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』とかイ・チャンドン監督の『バーニング 劇場版』、あと、李相日監督の『流浪の月』とかを撮っているホン・ギョンピョっていう大巨匠なんですけど、彼は本当にすごく的確で、どのシーンも素晴らしかったです。日本の映画にも造詣が深いというか、自分の土台には日本の映画があるから、一緒に仕事ができて良かったみたいなことも言ってくれて。彼が、時間のこともすごく考えながら、ライティングの意見を出したり、マスターショットを撮ってくれたりしたので、かなり助けられました。最初は言葉の問題もあって、相当大変な現場だったんですけど、彼のおかげで徐々に撮影のリズムができていって……彼のことはちょっと手放したくないというか、今度日本に呼ぼうかと思っているくらい気に入りました。しかし、大幅にギャラが高いんですけど(笑)。

――(笑)。ということは、スタッフに関しては映画の人たち、しかもかなりの精鋭を集めることができた感じなんですか?

行定:そこは、僕があらかじめ要求していたので(笑)。実際、すごく良いスタッフが集まったと思います。俳優たちも、それに対応できるような素晴らしい人たちが集まってくれて。彼らはワンカット、ワンカット、ものすごいエネルギーを注いでくるんですよね。だから、そこはやっていてすごく面白いところだったんですけど、最初に戸惑ったのは、韓国って衣装合わせをしないんですよ。というか、日本の場合、衣装合わせというのが、実はすごく重要であって。そこで、どんな服を着る人なのかを決めるんですけど、そのときに、その人物の性格や背景とかを俳優と話し合って、コンセンサスを取っていくんです。そういう重要な機会なのに、韓国の場合はそれがない。で、「なんでないの?」って聞いたら、12話もあると衣装だって何十枚も必要だし、季節も変わっていくから最初に決められないと。だから、メインキャストの人たちは、ほぼほぼみんな、個人のスタイリストがついているんですよね。

――そういう役割分担なんですね。

行定:だから基本的には、全部役者サイドからの提案なんです。学校の制服とかは別として、「この回は、こういう衣装を着ようと思うんですけど、どうですか?」って。それを、撮影当日に言われるんです(笑)。そうやって彼らは、自分の役割として、そのシーンのテンションや空気感を踏まえながら衣装を考えてくるというか、それがきっと彼らが役作りをする上でのきっかけみたいなものにもなっているんですよね。それってある意味、エリック・ロメールがやっていることと似ているなって思って。ロメールって、俳優たちに自分で衣装を用意させる――特に彼の作品がミニマルなものになっていくにつれて、どんどんそうなっていったらしいと記憶しています。要は、俳優たちは、もっと自分の役のことを知ったほうがいいっていう。で、「なるほど」と思っていたんだけど、それと繋がっているようなところがあるのかもしれないと、前向きに捉えました。まあ、それは現場のシステムとして、いろいろ追いつかないから、そうなっているのかもしれないけど(笑)。

――まあ、そうなっていった背景には、いろいろな事情がありそうですけど。

行定:ただ、俳優たちがどんな衣装を着たいかっていう意思表示は、確かにその役の背景に繋がるなっていうのは思ったんですよね。そこで会話ができるから。というか、そうやって、日本で言うところの「衣装合わせ」が、実際の現場で流動的に行われるんだっていう。そういうところも、新鮮と言えば新鮮でしたね。

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