木下紗華×三上哲が考える吹替版の醍醐味とは? 英ドラマ『ザ・タワー』で発揮した職人技
世界70エリア以上で放送され大きな反響を呼んだ英国ミステリー『ザ・タワー ~刑事サラ・コリンズの捜査~』。本作は、ロンドン警視庁の殺人課で8年間刑事を務めた経験を持つ作家ケイト・ロンドンのデビュー小説を原作とする異色のクライムドラマだ。表層的な事件解決に留まらず、警察組織の内側で繰り広げられる人間模様や、時に警察官自身が抱える闇にも鋭く切り込んでいく。
その緻密な脚本と重厚な演出は高い評価を受け、本国ではすでにシーズン3の制作も決定し、注目を集めている。静謐な空気感の中で展開される会話劇の要となるのが、ベテラン刑事サラ・コリンズと、彼女と対立する謎めいた存在のキーラン・ショウだ。
今回、この重要な二役の日本語吹き替えを担当したのは、数々の海外ドラマで実力を発揮してきた木下紗華と三上哲だ。ホームドラマチャンネルでは、1月に日本語吹替版を、2月に字幕版を一挙放送。それぞれの視聴スタイルで異なる魅力を堪能できる本作について、収録現場でのエピソードや作品の魅力を語ってもらった。(すなくじら)
「吹き替えって、いわゆる“職人の仕事”」
――『ザ・タワー ~刑事サラ・コリンズの捜査~』の脚本を読んだ時の率直な感想から教えてください。
木下紗華(以下、木下):刑事ものというと、銃撃戦やアクションが激しい派手なものが多いんですけど、全体的な流れがとても静かなんですよね。派手さはないんですけど、会話劇など派手じゃないからこそ光る部分も多くて。そういったところがすごくイギリスらしいドラマだなって感じました。
三上哲(以下、三上):脚本がすごく緻密にできているなと感じました。木下さんがおっしゃった通り銃撃戦もないし、割と淡々と進んでいくんですけど、警察の内部のリアルな部分に焦点を当てて深掘りしていくんです。作者さんが元々刑事の方なので、我々が知らないような警察の実態が見られて、とても面白いなと思いました。
――今回、木下さんは主人公のサラ・コリンズを、三上さんは対立するキーラン・ショウを演じられていますが、本作の会話劇の要となる二人の役作りについてお話いただけますか?
木下:会話が中心なので、「伝える」ということを念頭に置きました。サラはすごく頭のいい人なので、頭で整理したことをすぐ言葉にするようなキャラクターなんです。説明することが多いので、視聴者さんに押しつけがましくならないように、でもなるべく伝わりやすく心がけて演じさせていただきました。
三上:僕の役は本心を明かしちゃいけない立場なんですよね。なるべく説明しないように、原作の役者さんが表現しているように……そんなことを心がけました。ミスリードもあったりするので、余計なことは足さず、でも抑えすぎずに演じることを意識しましたね。
――実際に演技をされていく中で、新たに気づかれた登場人物の魅力などはありましたか?
木下:サラは基本的にあまり笑わない方なんですよね。第一印象は巡査部長としてのベテランの風格があって。表情は抑え目なんですけど、すごく目力のある方なので、そういった意思の強さは大事に表現したいと思って。映像でどう伝わるかはわかりませんが、表情は特に意識しました。
――サラのキャラクターは、普通の中年女性としての側面も印象的でした。
木下:そうなんです。派手な主人公ではないんですけど、でもすごく魅力的なんですよね。普通の人なんだけど、でもベテラン刑事としての確かな存在感がある。その匙加減が難しくて。
三上:女性刑事の役って珍しくはないけど、こういうタイプは新鮮かもしれない。
木下:本当に珍しいキャラクターだと思います。私自身、この年齢層の役をあんまり演じたことがなくて、最初は正直戸惑いました。
三上:キーランもね、セリフ以外の部分……表情とか雰囲気がすごく大事な役だなって。吹き替えだから声だけの表現になっちゃうんですけど、原作の表情から気持ちを読み取って、それを声に反映させるように心がけました。時には冷たい目つきだったり、人を値踏みするような表情だったり。そういう内面的な部分も声で表現できたらなと思って。
――ちなみに、二人はこれまで多くの海外ドラマでも活躍されていますが、改めて英国ミステリーの魅力というと、どんなところにあると感じていらっしゃいますか?
木下:人間性が浮き彫りになるところですかね。『SHERLOCK(シャーロック)』のようなエンターテインメント作品は爽快感がありますが、この作品は日本映画にも通じる静謐な雰囲気がありますよね。そういう親近感も人気の理由かもしれません。
三上:そうですね。静かなんだけど、会話の中にしっかりドラマがある。さっきも言った通り、登場人物の性格描写が緻密で、人間をしっかりと描いているところが面白いんじゃないかな。
――木下さんと三上さんは共演回数も多いですよね。今回の現場での印象的な出来事などありましたか?
三上:木下さんの演技の上手さに感銘を受けました(笑)。
木下:そのままお返ししたいです(笑)。三上さんとは海外ドラマの吹き替えでご一緒することも多いんですが、とにかく安心感があるんです。芝居のキャッチボールで言うと、投げたら必ず胸元に返してくださる。そういう信頼関係があって、三上さんとご一緒できるたびに、「やった!」って思うぐらいです。
三上:長くご一緒させていただいているので、現場で余計な緊張感もなく。僕もすごく安心感があります。
木下:吹き替えって、いわゆる“職人の仕事”だと思っていて。すごく細かい作業の積み重ねなんです。原作の役者さんの表情を見て、呼吸の数だったり、息を吸うタイミングだったり。そういうところまで気を配りながら、でもそれが目立たないように演じるのが大切なので。三上さんはそういった部分が本当に上手で、私もいつも勉強させていただいてます。
観てくださる方は、そういった細かい作業はあまり意識されないと思うんです。でも、気づかれないくらい自然に感じていただけたら、私たちとしては嬉しいというか......。
三上:そうですね。あくまで自然に、原作の役者さんの演技と違和感なく溶け込めるように意識してます。
木下:例えば今回、会話の中にサラッと「マシューズ巡査」っていうセリフがあるんですけど、これがけっこう言いづらくて。
三上:いや、木下さん全然自然に言えてましたよ! 僕の役は「マシューズ巡査」がなくてほんと良かった(笑)。今回は2日間続けて収録できたのも良かったですね。普段は日を空けることも多いんですけど、今回は続けてだったので、現場の空気感というか、一体感みたいなのが自然と生まれた気がします。