幽霊譚にのせてトラウマを描く『ポスト・モーテム』 監督の考えるホラー映画とその未来

『ポスト・モーテム』監督インタビュー

 長きにわたってホラー映画の上映が禁止されていたハンガリーが、第94回アカデミー賞国際長編映画賞という、たった1枠の国を代表する映画に選定したのが、ホラー映画『ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス』である。

 作品の舞台は、第一次世界大戦後のハンガリー。死者と遺族の最後の写真を撮ることを仕事にしている「遺体写真家」のトーマスが、長期にわたる戦争とスペイン風邪により大量の犠牲者が出たとある村に訪れるのだが、その村は死者が悪霊となって棲みつく呪われた村だった。トーマスは村に住む少女アナと協力しながら霊を写真に写すことでその秘密を明らかにしていくが、悪霊は2人に容赦なく襲いかかる。果たしてトーマスとアナは、真実を明らかにし悪霊に打ち勝つことができるのか。

 古き良きゴシックホラーでありながら、歴史的な痛みを持つ幽霊をモチーフに作られたストーリー、そして意表をつかれる映像表現が魅力的な本作。ハンガリーの映画史においても、ホラー映画史にとっても重要な功績を築いたのは、ハンガリー史上初の国際エミー賞にノミネートされたTVシリーズ『Trezor(原題)』の監督を務めたピーター・ベルゲンディ。今回、彼に受賞や作品の製作経緯を含め、彼の思うホラー映画ジャンルそのものについての話を聞いた。

今日のハンガリーに生きるトラウマを、幽霊譚にのせて描く

――まず、本作が第94回アカデミー賞国際長編映画部門ハンガリー代表作に選定されたときのお気持ちからお聞かせください。

ピーター・ベルゲンディ監督(以下、ベルゲンディ):ホラー映画のようなジャンル作品が、ようやくハンガリーで足場を固められたことが非常に嬉しいです。なぜなら、ハンガリーはこれまでホラー映画を製作してこなかったから。なので、ハンガリーの映画史において重要な最初の一歩に感じます。

――本作を製作する上でのファーストアイデアは何だったのでしょう?

ベルゲンディ:まず我々にとっての主な目的は、観客を楽しませることでした。そのため、アカデミー賞への選出をきっかけに、さらに上映国が増えたことも非常に喜ばしいことです。楽しませることを目的としたと言いましたが、単なるエンターテインメントに留まらずに、何層にもおよぶ深みのある作品に仕上げたつもりです。だからこそ、改めてノミネーションを嬉しく感じているんです。

ーー禍々しさのある映像表現とともに、“死体村”に住み続けてきた村人の精神的な恐怖も感じる作品でした。

ベルゲンディ:ホラー映画とは、「潜在意識」についてのジャンルです。そこには映画の芸術的な価値を高める、心理的な要素がある。そして、社会的な要素もある。本作はヨーロッパがスペイン風邪という病魔に侵された、そして特にハンガリーの歴史の中でもトラウマ的な時代である1920年代を舞台としています。そういった「当時の社会がどのようにしてそのトラウマを乗り越えたのか」という背景が、まず本作に深みを与える要素の一つです。簡単に説明すると、1920年代、第一次世界大戦が終わった頃、敗北したハンガリーは領土の多くを失いました。そしてヴェルサイユ条約を経て、他のヨーロッパの国よりも比較的に小さな国になってしまった。このトラウマは、今日におけるハンガリーでも強く生きているんです。こういった「過去の幽霊」そして「人々の潜在意識的な恐怖」という作品のテーマの組み合わせが、恐らく今回のアカデミー賞への選出に繋がったのではないかと思います。典型的なエンターテインメント向けのホラー映画というより、さらに深みと芸術性を持たせ、観客をインスパイアさせられるような作品を作ったつもりです。

――おっしゃる通り、単なる恐怖にとどまらない美しさと物語の深みを感じました。聞くところによると、ハンガリーではホラー映画の上映が禁止されていたようですね。

ベルゲンディ:はい。確かに1989年まで社会主義体制にあったハンガリーで、ホラー映画は“ブルジョア”のジャンルとして価値がないものと見做されていました。そのため映画業界も、観客にとって需要がないと判断していたのです。しかし、中にはセンサーシップをかい潜って上映された作品もいくつかあります。アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』も、そのうちの一作です。しかし、あの映画ですら数週間後には劇場公開を中止させられていました。政府が、この映画は彼らのシステムに対して観念的に合う作品ではないと気づいたんです。

――興味深い話です。ただ、監督は公開されているプロフィール文にも「子供の頃からホラー映画が好き」と書かれていますね。そういった状況の中で、どのようにしてホラー作品と出会い、恋に落ちたのでしょう?

ベルゲンディ:私は非常にラッキーな環境にいました。子供の頃、私の両親がポップミュージシャンで海外渡航を許されている身でした。なので、父が私にお土産としていくつかのホラー映画を8ミリフィルムの状態で持ち帰ってくれて、家で上映することができたんです。『オーメン』や『エクソシスト』も、公開後そこまで時間が経たないうちに観ることができました。私は10代の頃、ホラー映画に対してものすごくセンシティブだったのですが、一般的に10代の子供にとってそういったトピックスに敏感なものですよね。死や幽霊、精霊について考えたり。そこから私も強い愛着を持ちました。

――ちょうどホラー映画における黎明期の話ですね。

ベルゲンディ:70年代はクラシックなホラー映画が作られた時代でもあり、それらの映画は今日の作品にも影響を与えていると思います。特に、今の時代でも強い意味や共感性を感じられる、時間の経過を感じさせない映画がまさにそれで、例にあげるとしたら『エイリアン』と『ハロウィン』(シリーズ含めて)ですね。この両作品は今日におけるホラーというジャンルに最も重要な影響を与えたのではないでしょうか。

――そのような幼少期を経て、監督は心理学専攻で大学を卒業されていますよね。そういった経験も映画作りに生かされていると感じますか?

ベルゲンディ:はい、確かに映画作りにおいて心理学での学びは非常に役立っています。観客に映画を通してどう影響を与え、どのような作用をもたらすことができるか考えることもできますしね。あるとき、映画製作中に自分が下した本能的な決断が、事前に計画を練った上での決断に比べて遥かに優れていることに気づいたんです。それに、ある特定のシンボルやシチュエーションを作ろうとする時、私は反射的に人々の心理的洞察に基づいたものを選んでしまう。やはり私自身の映画製作に欠かせない要素でもありますし。これからも常にそれは物語を面白いものにさせていく重要な視点でもあると考えています。

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