ショーン・ベイカー監督に聞く『ANORA アノーラ』が示したインディペンデント映画の可能性

『ANORA』ショーン・ベイカー監督に聞く

 第97回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞の最多5部門受賞を果たした『ANORA アノーラ』。ニューヨークを舞台に、ロシア系アメリカ人ストリップダンサーのジェットコースターのようなロマンスと騒動を描いた本作を手がけたのは、『タンジェリン』『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』『レッド・ロケット』などインディペンデントでの映画作りを続けているショーン・ベイカー監督だ。アカデミー賞授賞式後に来日を果たしたベイカー監督に、オスカー受賞の心境やインディペンデント映画の可能性について話を聞いた。

「観客の皆さんにエピローグを想像してみてほしい」

ーーまずはアカデミー賞での快挙、おめでとうございます。授賞式からまだ1週間も経っていませんが、いまの心境はいかがですか?

ショーン・ベイカー(以下、ベイカー):ありがとうございます。自分の中で、未だに消化してしきれていないというか、ちょっとまだ信じられません。実は、授賞式が終わってからあまり寝れていないんです(笑)。終わってからすぐこうやって日本に来て、ようやく自覚し始めています。

ーー個人で監督賞、脚本賞、編集賞、作品賞の4つの賞を1つの作品で獲得したのは史上初だそうですね。

ベイカー:そうみたいですね。単独以外ではウォルト・ディズニーに続く快挙だと周りの人たちに言われて、初めて事の大きさに気づきました(笑)。

ーークリティクス・チョイス・アワードやインディペンデント・スピリット賞などのオスカー前哨戦で受賞が続いていたこともあり、「もしかしたら……」という気持ちもあったのでは?

ベイカー:サマンサ(・クァン/本作のプロデューサーでショーン・ベイカー監督のパートナー)は周囲から大きな期待を寄せられていたみたいですけど(笑)、僕は意識しないようにしていました。ただ、賞レースが始まってから受賞が続き、ひょっとしたら……という気運は正直高まっていましたね。主演女優賞に関しては僕も驚きでしたが、本当に嬉しい結果でした。

ーーあなたの作品はフィクションをドキュメンタリータッチで描くところに共通項があると思うのですが、今回の『ANORA アノーラ』は特にフィクションの部分、脚本と編集の素晴らしさに感銘を受けました。

ベイカー:ありがとうございます。確かに『Take Out(原題)』や『Prince of Broadway(原題)』など初期の作品は、ほとんどドキュメンタリーと言えるような“記録”の映画でした。それは、観客の方たちに“リアル”に感じ取ってほしかったからです。それ以降はいろんな技術を取り入れながら、さまざまなスタイルをミックスしています。『ANORA アノーラ』に関しても、リアルな世界を観ている感覚を味わってもらいたかったので、ドキュメンタリー的な手法も取り入れていますが、機材はもちろん、カメラワークやフレームの切り方、編集の仕方を工夫して、より“ドラマ”として響くような手法を用いました。いま振り返ってみると、前作『レッド・ロケット』が初めてそういうことを試みた作品でしたね。

ーーそして何より衝撃的なラストシーンです。その解釈をめぐっていろいろな意見が飛び交っていますが、あのラストは脚本執筆当初から想定していたものだったんでしょうか?

ベイカー:あのラストシーンは最初から決めていました。どの作品もそうなのですが、エンディングありきで脚本を書いています。どのようなエンディングにするのかは、映画作りにおいて最も大事なポイント。映画の中で一番観客の脳裏に残るのはエンディングですし、映画を観た後に映画館を出てからも考え続けてしまうのがエンディングだと思うんです。僕が好きな映画の締めくくり方は、観客自身が参加して脚本を書き加えられるようなもの。つまり、観客の皆さんに、自分の中でエピローグを想像してみてほしいんです。「あれはどういう意味なんだろう」などと、いろんな人と話し合ったりできるような、解釈の余地が残っているラストが僕自身好みなんです。それはつまり、観客の皆さんのことをリスペクトしているという意味でもあるのですが。

ーーなるほど。とはいえ、監督の中では明確な答えがあるわけですよね。

ベイカー:まあそうですね(笑)。自分の中で意図があって脚本を書いていますが、監督の僕でさえ、「アノーラはこう思っていた」と100%の確信を持って言い切ることはできません。アノーラ役のマイキー(・マディソン)とは、アノーラの思いについていろいろと議論を重ねて、僕たちでさえ100%アノーラのことを理解しなければいけないことなんてない、という結論に至っているんです。ただ、演出をする上で、実はエピローグを書いているんです。そのエピローグをマイキーとイゴール役のユーリー(・ボリソフ)に渡しました。役者にとっては、アノーラとイゴールの未来を想像しながら演じるのがいいと思ったので。

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