「ピラミッドは圧政や強制労働では造れない」考古学者・大城道則に聞く、現代でもピラミッドの建設が難しいワケ

考古学者に聞く、現代のピラミッド建造
大城道則『現代にピラミッドを建設しようとしたら、超大変だった話』(ポプラ社)

 もしも現代の日本で、本気でピラミッドを建設しようとしたらどうなるのか? 日本のどの地方に、どのような建材と工法で、どれくらいの期間で造るのか? その費用は? そんな途方もないテーマに、現役の考古学者である駒澤大学教授・大城道則氏が挑んだ小説『現代にピラミッドを建設しようとしたら、超大変だった話』(ポプラ社)が話題を呼んでいる。

 一見すると新書のような装丁でありながら、描かれているのはフィクションと学術的知見が高度に融合した怒涛の思考実験エンターテインメントだ。なぜ現役の考古学者が「小説」というフォーマットを選んだのか? 現代の技術でピラミッド建築に挑むことで見えてきた、古代エジプト人の圧倒的な凄みとは? 本書の執筆の裏側から、エジプト考古学の知られざるリアルまで、大城氏にじっくりと語ってもらった。

小説というフォーマットだからこそ提示できる仮説

大城道則

――本作は新書のような佇まいをしながら、中身は考古学的な知見を踏まえた「小説」という形式をとっています。考古学者である大城先生が、初めて小説執筆に踏み切った狙いはどこにあったのでしょうか。

大城道則(以下、大城):新書の形になったのは出版社のアイデアなのですが(笑)、小説という形式で書くのは長年温めていた念願でもありました。というのも、ピラミッドにはあまりにも多くの“解けない謎”があり、世界中で無数の説が飛び交っています。しかし、私のような考古学者という立場にいると、確実なエビデンスがない限り、安易に思い切った主張は一文字も書けないわけです。宇宙人説や巨人説は論外としても、少し踏み込んだ個人的アイデアでさえ、学術書で述べるのには大きな制約があります。

――エビデンス重視のアカデミズムの世界だからこそ、言いたくても言えない「仮説」があると。

大城:そうなんです。でも、小説というフォーマットであれば、登場人物たちに自分の思っていることや、ちょっと大胆なアイデアだって自由に語らせることができる。キャラクターに語らせる形で「一応こういう見方もあるのではないか」と提示できるのは、研究者としてのストレス発散にもなりました(笑)。根拠が100%出揃っていなくても、一つの「思考実験」として提示できるのが小説の最大の利点ですね。

――作中に登場するピラミッド建設プロジェクトのメンバーたちも、非常に人間味があふれていて個性的です。モデルになった人物はいらっしゃるのでしょうか?

大城:実は全員にモデルがいます。編集者の方から「小説を書くのが初めてなら、実在の人物や俳優さんをイメージしてキャラクターを設定すると書きやすいですよ」とアドバイスをいただきまして、配役を当てて書きました。主人公の鳥取県庁新人職員・佐藤舞香は、芳根京子さんをイメージしました。相方となる鳥取県文化遺産センター職員の富沢祥一は、西島秀俊さんをイメージしつつ、実際に鳥取県庁に勤めている先輩を投影しています。鳥取県知事やAIの専門家の女性にも具体的なモデルがいますし、何より古代エジプト史を専門とする土方教授は、私自身を投影したキャラクターにしました。土方教授を通して、私自身が考えていることを伝えています。

――本作は、登場人物たちが鳥取県の再生計画として、クフ王の大ピラミッドを「鳥取砂丘」に再現しようとして、具体的にどんな課題があるのかを洗い出し、どうすれば造れるのかを考えていく物語です。もともと大城先生は鳥取とは縁もゆかりもなかったとのことですが、なぜ鳥取を舞台にしたのでしょうか。

大城:現代の日本を舞台にするにあたって、「日本で最もピラミッドが似合う場所はどこか?」と考えた時に鳥取砂丘一択になりました。学術的に言えば「ピラミッドは砂漠の真ん中にある」というのは世間の誤解で、実際はカイロの街のすぐ近くにありますし、そもそも砂漠と砂丘は似て非なるものではあるものの、一般的なイメージとしての「砂地」を活かしたかったんです。たまたま現地に知人がいたことも大きいですが、日本国内でロマンとリアリティを両立させる舞台としては最高のロケーションでした。

――作中でも触れられていますが、1978年にはスーパーゼネコンである大林組がクフ王の大ピラミッドを現代工法で建設するシミュレーションを行っています。総工費の試算は1250億円と出ていて、当時としては最先端の見解だったと思います。しかし、現代ではまた異なる選択肢や可能性が考えられるということでしょうか。

大城:1978年当時はバブル前夜の非常に景気が良い時代で、大林組のシミュレーションは巨額の予算を投じた有名なプロジェクトでした。ただ、あれから半世紀近くが経ち、測量技術もデジタル技術も劇的に進化しています。この小説は、今改めて現代のテクノロジーと組織論でシミュレーションし直したらどうなるか、という私の挑戦でもありました。

ピラミッドの内部構造の変化に見る「技術革新」

大城道則『現代にピラミッドを建設しようとしたら、超大変だった話』(ポプラ社)

――昨今では、ミュオグラフィという素粒子を利用した手法でピラミッドの内部を透視するなどの手法もあるそうですが、それでも「ピラミッドをどうやって造ったのか」という建造方法のテクニックについては知りようがない。しかし逆に、現代の技術でピラミッドを造ろうと考えることで、その実態に迫ることはできるかもしれないという逆説的な発想も面白かったです。

大城:そうですね。私はもともとピラミッドの「造り方」そのものにはあまり興味がありませんでした。というのも、人間というのはいつの時代も必要な道具や建造物を、力技で造り上げて解決してしまう生き物だからです。その手法には無数の可能性が生じてしまう。ですが、今回真剣に「造り方」を考えていく中で一つ確信したのが「水の力」の重要性です。古代世界において、巨大な巨石を運搬・移動させられる最大の動力は間違いなく「水」です。ナイル川の増水期を利用して運河で近くまで石材を運んだのは確実ですが、それを高所へ上げていくプロセスでも、何らかの形で水の力を上手に応用していたのではないか。水力をどう活用したかという視点は、今後の研究でもさらに深めていきたい面白いアプローチですね。

――作中では、膨大な計算式、3D測量データなど、あまりにもリアルなシミュレーションも展開されます。ここは、理系の読者にとって大きな読みどころであると同時に、古代エジプト人がいかに凄かったのかを見せつけられるパートでした。

大城:計算式や3Dデータに関しては、私の研究仲間である関西大学の林武文先生に全面的に協力していただきました。「現代技術を活用して巨大ピラミッドを作るならどう計算するか?」を真剣に割り出してもらったんです。専門家が弾き出した数字だからこそ、あのリアリティと説得力が生まれたのだと思います。また、この数式を見るだけでも、ピラミッド制作には当時の卓越した技術が存分に使われていたことが伺えるのではないでしょうか。

――作中では、時代が下るにつれてピラミッドの内部構造が巨石から「日干しレンガ」へと変化していくプロセスについても触れられていました。ここで提示される見解も、実際に造ってみようと考えたからこそ、たどり着いたものだと感じます。

大城:そこは思考の転換として非常に面白い部分です。ギザの三大ピラミッドの時代から約500年後、同じく100メートル級のピラミッドが造られますが、内部は日干しレンガを敷き詰め、表面だけにきれいな化粧石を張る構造に変化します。従来の教科書などでは「王の権力が衰退して貧乏になったから石で造れなくなった」とネガティブに解説されがちでした。

――しかし、見方を変えればそれは技術革新であると。

大城:その通りです。泥を型枠にはめて乾燥させれば、大量の建築資材を均一かつスピーディーに大量生産できます。これは劣化ではなく、建築技術としての「進化」であり「合理化」なんですね。現代で言えば、石造りからプレハブや鉄筋コンクリートへの移行のようなイノベーションです。壊れやすくなった分、テクノロジーとしては高度化している。こうした視点も小説の中で提示したかったポイントです。

――情報の媒体が粘土板から紙、さらにはデータへと進化していったのと似ていますね。どんどん便利にはなっているけれど、結果的に後世には残りにくくなっている。

ピラミッドを建設したのはエリート技術者集団

大城道則

――本作を読んで最もハッとさせられるのが、「ピラミッドは奴隷の強制労働や圧政で造られたものではない」という視点です。

大城:間違いなく、圧政や強制労働であれだけの巨大建造物を造ることは不可能です。どれだけムチで叩いて人間を力ずくで動かそうとしても限界があります。巨大なプロジェクトを最後まで完成させるために不可欠なのは、「自分たちの意思で造りたい」「これを造ることに意味がある」という労働者側の圧倒的なモチベーションと誇りなんです。

――ピラミッド建築の労働者たちは『プロジェクトX』に出てくる建築家や職人たちのように、人生を賭けるほどの熱いモチベーションを持っていたはずだと。

大城:古代エジプト人にとって、ファラオは単なる政治的リーダーではなく神の化身でした。エジプト人の死生観において、現世が終わった後も来世で永遠に生き続けるという強い信仰がありました。王の近くでピラミッド建設という聖なる事業に携わることは、来世でも王と共に豊かな世界へ行けるという最大のメリットがあったわけです。いわば、宗教的情熱もあったはずです。

――労働者たちの実際の待遇も、決して虐げられたものではなかったことが発掘調査で判明しています。

大城:ピラミッド建設現場の隣には巨大な「労働者の町」が存在し、発掘調査からは大量の牛肉や高級な食料の痕跡、手厚い医療ケアの痕跡が見つかっています。彼らは虐げられた奴隷ではなく、高い技術を持った国家レベルのエリート技術者集団であり、誇り高き職人たちだったのです。

ピラミッドは王の思想を刻んだ「立体暗号」

――ところでテレビなどでは時折「ピラミッドは墓ではなかった」といった奇説も話題になりますが、専門家としてどう捉えられていますか?

大城:結論から言えば、ピラミッドは間違いなく「墓」です。実際に内部から石棺が見つかっていますし、完璧な形ではないにせよ王族級のミイラの一部や、ミイラ作りに不可欠な内臓を納める「カノポス壺」が多数出土しています。副葬品が少ないのは単に過去の盗掘によって持ち去られたからに過ぎません。

――「なぜ人間は巨大な墓を造るのか」という問いは、先生の研究の根幹にも繋がっていますね。

大城:はい。日本の仁徳天皇陵(大仙陵古墳)や、中国の秦始皇帝陵、そしてエジプトのピラミッド。世界各地の文明において、特定の時代にだけ爆発的に「巨大墓」が作られる時期が存在します。なぜ人類はこれほどまでに巨大な墓を造りたがったのか。社会システムが高度化する過程で、巨大墓という存在が必要不可欠だった時代があったということです。実に興味深い現象です。

――作中の終盤で提示される、土方教授の「ピラミッドとは巨大なある種の『立体暗号』であり、王の思想・宇宙観・政治理念を刻んだ『記憶装置』だったのだ」という考えが非常に印象的でした。

大城:それは私個人の見解でもあります。古代エジプト人は、文字や文章を膨大に残した文明ですが、なぜか「ピラミッドの設計図」や「ミイラの具体的な作り方」といった最重要マニュアルを文書として一切残していません。彼らにとって最も神聖で重要な知恵は、「隠すこと」「公の文書にしないこと」が文化的伝統だったと考えられます。だからこそ、ピラミッドという建造物そのものに自分たちの宇宙観や理念、記憶をすべて封じ込めたのではないか。それは一種のパズルであり「立体暗号」として機能させていたのではないか、というのが私の見立てです。

エジプトの奥深い魅力

大城道則

――大城先生は『考古学者が発掘調査をしていたら、怖い目にあった話』(ポプラ社)などのエッセイシリーズでは、発掘現場の壮絶な裏側を執筆されています。

大城:発掘現場というのは、ロマンだけでなく大変なことの連続です(笑)。20代の頃、発掘現場で首を切られた古代の遺体を掘り出したその日の夜、自分が戦場で人から首を刎ねられて追いかけられる強烈な夢を見たことがありました。霊感など全くない人間なのですが、あの時ばかりは何か感じるものがあったのかもしれません。

――そうした過酷な経験を含めても、大城先生を惹きつけてやまないエジプトの魅力とは何でしょうか。

大城:どこを掘っても遺跡が出てくるわけですから、考古学者として興味を持つのはもちろんですが、「現地の人々とのコミュニケーション」もまた他では味わえない体験です。エジプトに行くと、しつこい土産売りやタクシーでの交渉やぼったくり、カイロの劣悪な交通事情など、面倒くさいことが山ほどあります(笑)。しかし、凶悪犯罪は意外にも低く、人々はすごく人懐っこい。ちょっと騙されたりすることもありますが、その金額はたかが知れていますし、懐に飛び込んで現地の人とやり取りした記憶こそが、旅の最大の思い出になります。ご飯も日本人の口にすごく合いますしね。

――今後の大城先生の研究目標や展望をお聞かせください。

大城:現在はクフ王の弟の墓の3Dデジタル復元プロジェクトなどを進めつつ、コロナ禍でストップしていた現地の発掘調査を再始動させようとしています。ナイルデルタから中エジプト、アスワンに至るまで、駒澤大学の学生たちと共に長期間安全に調査を行える新たな遺跡を選定している最中です。掘ってみるまで何が出てくるか分からないのが考古学の醍醐味なので、もしかしたら次に発掘したものが大発見かもしれませんよ(笑)。

■書籍情報
『現代にピラミッドを建設しようとしたら、超大変だった話』
著者:大城道則
価格:1,100円(税込)
発売:2026年8月
レーベル:ポプラ新書(ポプラ社)

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