杉江松恋の新鋭作家ハンティング デビュー二作目で化けた、睦月準也『月下の盤』

二作目で化けた、睦月準也『月下の盤』

 この人、二作目で化けた。

 化けずに終わる新人作家はとても多い。どんな書き手にもデビュー第三作までは機会が与えられるのが通例だったが、最近はその保証がない場合も見受けられる。デビューはゴールではなく実はスタート地点なのだ、とよく言われる。終点のない道を永遠に走り続けるしかない、苛酷な競争がそこから始まる。

 睦月準也『月下の盤』(早川書房)は、『マリアを運べ』(同)で2024年に第14回アガサ・クリスティー賞を受賞してデビューした作家の、第二作である。前作はギャビン・ライアル『深夜プラス1』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を連想させる犯罪小説だった。構成は単純だがスリルを持続させるために作者がもろもろの配慮をしていることがわかり、娯楽小説の基礎はできているようだと好感を持った。本作も少なからず期待して読み、驚いた。

 勢いで書いていた前作と異なり、ミステリーとしての構造を土台から作り上げようという配慮が隅々まで働いている。主人公には借り物ではない個性が備わっており、派手さを狙うのではなく、その人物像をしっかりと読者に浸透させようとしてゆったりと文章を綴っている。デビュー作らしいとしかいいようのない若さを感じさせる小説だった前作に比べ、本作には中堅作家なみの落ち着きさえ感じさせられる。

 ここまで一気に変わるものだろうか。いや、こっちが睦月準也という書き手の地で、前作は新人賞という関門を潜り抜けるために選んだ戦術的な作品だったのだろう。そんなことを考えてしまうほどに読み味が異なっていたのだ。

 一人称一視点の私立探偵小説である。語り手の〈私〉は名乗らない。そのことに読み始めてからしばらく経って気づいた。違和感を覚えさせない文章のなせる業である。私立探偵小説の定石通り、〈私〉が依頼を受ける場面から始まる。ただし現代は探偵事務所にわざわざ依頼人がやって来るようなことはなく、ウェブ会議システムのやりとりで終始する。自分の画像を送ってこず、Aliceというユーザー名を表示するのみだ。〈私〉が元刑事で、婚約者をストーカーに殺された過去がある、ということを調べられるほどには世故に長けた依頼人のようだった。

〈アリス〉の頼みは一風変わっていた。人捜しだから探偵への依頼という点では不思議がない。捜索する相手はゴウダトオルという名前である。居場所はわかっている。東亜ホテルに客として滞在しているという。男性なのだが、年齢その他の情報は未詳、当然だが顔写真も提供不可能だ。しかも、タイムリミットが定められている。四日後の日曜日に東亜ホテルは閉館になる。そうなったらゴウダトオルの居所はわからなくなってしまうのだ。

 正体の知れない依頼人、居所のわかっている捜索対象、タイムリミットつきという奇妙な依頼を〈私〉は引き受ける。

 中途で過去に遡り、現在進行形の人間関係が立体化・複雑化する展開もあるのだが、物語はほぼ東亜ホテルの内部だけで進行していく。〈私〉にしてみればホテルの内部にいるはずのゴウダトオルを見逃すわけにはいかないのだから当然のことだ。いわゆるグランドホテル形式とは、群像劇として展開した物語の登場人物を一堂に会させ、彼らが同じ時間を生きていることを強調するために用いられる。本作は少し行き方が違っていて、タッカー・コウの産んだミッチ・トビンがヒッピーやゲイなど、外部との交流を拒絶して閉じている共同体に入り込んでいく設定に近い。サラ・パレツキーの有名な女性私立探偵V・I・ウォウショウスキーが親族絡みの事件を請け負うのにも少し似ているか。探偵はホテルの中に自らを放り込んで扉を閉じるのだ。私立探偵小説ではないが、アガサ・クリスティーのミス・マープルもの長篇『バートラム・ホテルにて』(クリスティー文庫)に雰囲気は似ているように思う。

 私立探偵小説とは、等身大の高さで社会を見るための形式である。地位や特権とは無縁の私立探偵は、自分の能力だけですべてをこなしていかなければならない。そのための第一歩は、出会った人に話を聞くことだ。一人ひとりに話を聞き、進むべき道を選んでいく。そこで間違えば迷路に嵌まりこむことになるし、一つしかない視点が誰かによって曇らされていないという保証はない。そうした不安と背中合わせになりながら、一つひとつの選択肢を潰していく、というのが私立探偵小説の定石だ。歩みは堅実だが、派手さには欠ける。通俗的な私立探偵小説が扇情的な場面に頼りたがるのはそれが理由だろう。

『月下の盤』の〈私〉も東亜ホテルにて、まずは孤独な質問者として振る舞っていく。だいたい50ページもあれば書き手のお品はわかる。睦月の書きぶりは抑制が利いている。〈私〉は無駄な警句を飛ばしたり、内面を曝け出したりせずに淡々と質問を続けていく。このまま進んでもらってもいいかな、と思い始めたあたりで、ホテルの中に死体が転がる。

 殺人事件であろう。その捜査のために警察がホテルに乗り込んでくる。どうやらゴウダトオルと死者の間にはなんらかのつながりがあったらしく、〈私〉は殺人事件についても推理を巡らさなければならなくなる。ここからミステリーとしての興趣は一気に増すのだ。

〈私〉は知り得たこと、自分の立てた推論などを律儀に読者に伝えていく。そのことでこの私立探偵小説は、犯人当ての謎解き小説としての性格を強く持つことになるのだ。容疑者らしき人物の目星がつけば、次にすべきことはアリバイの検討である。そうした思考の過程が逐一綴られていく。それと並行して、明らかに嘘を吐いている証人も現れ、〈私〉はその応対にも時間を割かなければならなくなる。人を相手にする仕事は、厄介なのだ。

 四日間の依頼に探偵が閉じ込められ、その中でありうる限りの面倒さや、突き崩すべき嘘、解かなければならない謎といった障害に立ち向かうという物語である。自ら望んでホテルに飛び込んでいった探偵だが、中途からはそこから抜け出すにはどうしたらいいかと思いあぐねているようにも見えてくる。舞台の閉鎖性が、迷宮感を生み出すのである。

 決して完璧な小説ではない。欲を言えば少し長く、もう少しエピソードは刈り込めたのではないかと思う。前作『マリアを運べ』は逆にシンプルすぎて、その部品をそこに嵌めないで別の道に行ったほうがいいのに、と不満を抱いた箇所もあった。真逆である。前作ほどのスリルはないが、何が起きているかわからないという事態から生じるサスペンスは持続する。ミステリーとしては満足すべき出来であろう。

 期待の新人、と言っていいと思う。二作目で化けた作家は多い。もっとも近いのは、今や直木賞受賞の歴史小説作家として名を馳せる垣根涼介か。垣根もデビュー作『午前三時のルースター』はシンプルすぎるほどにシンプルな犯罪小説で、二作目の〈ヒートアイランド〉シリーズ以降で化けたのだった(以上、文春文庫)。『マリアを運べ』がデビューのための戦略的な作品だったのだとしたら、そのへんも垣根とよく似ている。さらに化けろ、睦月準也。まだまだ見せてないカードがあるはずだ。

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