江戸時代に目撃されたUFOの正体とは? 澁澤龍彥や『モノノ怪』にも描かれた「うつろ舟」の謎

澁澤龍彥に『モノノ怪』、「うつろ舟」の謎

 謎めいた「うつろ舟」の記録が載っている『弘賢随筆』(ひろかたずいひつ)と『沿海紀聞』(えんかいきぶん)の原本を見るために、先日、東京・千代田区にある国立公文書館まで足を運んできた(ともに同館にて2026年9月9日から23日まで展示。後者は、この夏、新たに確認された資料)。

『弘賢随筆』(上)と『沿海紀聞』(下)
国立公文書館内での展示の様子

 「うつろ舟」とは、享和3年(1803年)、常陸の国(茨城県)の沖合に漂着した、まるで球体型のUFOのような形をした不思議な乗り物のことである。長さは3間(約5.5m)、上部はガラス障子で、中が透けて見え、その底には頑丈な鉄板がはめこまれていたという。

 驚くべきはその内部に人が乗っていたことで、浦の人々がおそるおそる小舟で近づいてみると、「舟」の中には異様ないでたちの女性がひとり閉じ込められていた。女性の眉と髪の毛は赤く、それらは明らかに彼女が異国の生まれであることを物語っていた。また、彼女は、二尺四方(約60cm四方)の箱を大事そうに抱えており、果たしてその中身がなんであるのか、浦の人々にはまったくわからなかった(ある者は、女性は流罪になった異国の王女で、箱の中には、彼女の密通相手の男の首が入っているのだと“推測”した)。

 いずれにしても、この女性の扱いに困った浦の人々は、結局、「舟」ごと、再び沖に流してしまった。鎖国中の日本でなければ、彼女は助かったかもしれないが(もちろん、再び別の国に流れ着いたり、海上でどこかの船に救出されたりした可能性もあるが)、この奇妙な「うつろ舟」の目撃譚については、前述の『弘賢随筆』や『沿海紀聞』だけでなく、さまざまな文献(曲亭馬琴らが編纂した随筆集『兎園小説』など)にも記されている(注・『沿海紀聞』は簡単な図説のみで、『弘賢随筆』にあるような細かいエピソードは記されていない)。

『弘賢随筆』と『沿海紀聞』

 『弘賢随筆』とは、蔵書家としても知られる幕臣・屋代弘賢(1758年~1841年)の手元にあった雑稿をまとめたものであり(全60冊)、不思議な出来事や噂話のたぐいが数多く収録されている(こちらは今年の春にも国立公文書館で単独展示され、歴史ファンや古書ファンのあいだで話題になった)。

『弘賢随筆』

 一方、『沿海紀聞』は、『江戸名所図会』などの著述で知られる江戸の町名主(まちなぬし)・斎藤月岑(1804年~1878年)の編纂とされ、その内容は、江戸時代後期に起きた、外国船の来航や漂着に関する記事で構成されている(全40冊)。

『沿海紀聞』

「うつろ舟」の正体は?

 さて、それではこの2冊に記録されている「うつろ舟」の正体は何か。

 普通に考えてみれば、それは、たまたま日本の近海に流れ着いてきた、異国の女性を乗せた救命艇のようなものだったということになるだろう。あるいは、かつて浦の人のひとりが推測したように、流刑になった罪人を乗せた舟だったかもしれない。

 また、SF的な解釈をするなら、「うつろ舟」とは海に墜落してしまったUFO、あるいは、未来人を乗せたタイムマシンということになるだろう。

 さらには、常陸の国に伝わる「金色姫伝説」と、「うつろ舟」の伝承の関連性を指摘している研究者も少なくない。「金色姫伝説」とは、5世紀後半――丸木舟(空ろ舟)に乗って常陸の国の海岸に流れ着いた異国(天竺)の姫が、やがて蚕(かいこ)に生まれ変わり、日本に養蚕技術をもたらした、というものである。

 いずれにしても、前述の2冊のほか、複数の資料にその目撃事例が記されている以上、享和3年頃、常陸の国の近海に不思議な“何か”が流れ着いた、ということは間違いなかろう。

現代のフィクションでも描かれている「うつろ舟」

 ちなみにこの「うつろ舟」の伝承だが、江戸時代の文筆家や好事家たちだけでなく、現代の作家たちにも少なからぬ影響を与えており、たとえば、諸星大二郎『妖怪ハンター』の一遍に「うつぼ舟の女」があり、アニメ『モノノ怪』の第3話~第5話「海坊主」でも、「うつろ舟」に乗せられた少女の逸話がからんでくる。

 また、極めつけは澁澤龍彥の短編小説『うつろ舟』であり、「享和3年の常陸の国」、「現代の亜成層圏を飛んでいる旅客機」、「古代の日本の比叡山」という3つの時代/舞台を描いた同作は、短編とは思えぬ壮大な世界を作り上げている。

『うつろ舟』澁澤龍彥(福武書店)の外函。装丁は菊池信義
同書の本体表紙のデザインには、女性の髢(かもじ/つけ毛)が素材として使われている。また、本文の文字は、緑色のインクで刷られている

 澁澤龍彥の『うつろ舟』は、1984年、「海燕」に発表された作品であり、その翌々年に福武書店より短編集が刊行された際には、表題作にもなっている。

 前述の3つのパートのうち、最初の物語の主人公は、常陸の国の漁村の長老の孫・仙吉である。あるとき、仙吉らが暮らす村の近海に、「通常の舟とは似ても似つかぬ」不思議な乗り物が流れ着いた。

 中には、年のころ20ほどの異国の美女が乗っていたのだが、にこにこ笑っているばかりで、言葉は通じない。さらには、彼女は二尺四方ほどの筥(はこ)を大事そうに抱えており、それがなぜか、村の漁師たちのよからぬ妄想をかきたてるのだった。

 そんななか、大人たちから「うつろ舟」の話を聞いて、好奇心を抑え切れなくなった仙吉は、その夜、ひとり村を抜け出して、女が乗る「舟」に潜入する。そして、海の上でえもいえぬ快楽を味わうことになるのだったが……。

 そののち物語は、現代、古代へと時空を超えて展開していくのだが、いずれのパートでも描かれているのは、“広い世界”への憧れを抱いていた少年/青年が、なんらかの強烈な快楽をともなうイニシエーションを体験し、やがて未知の世界へ旅立っていく、というものだ。

 本作において澁澤は、そうした少年/青年たちの変化(=現世からの逸脱/自我の消失)をうながすための装置として、「水」を描いた。最初のパート――仙吉が「うつろ舟」の船内で聞いた官能的な水音は、やがて、現代の旅客機の水洗トイレに自らの精液を流す思春期の少年の耳と接続し、さらには、天竺から渡ってきた天狗の王子の耳に響く古代比叡山の僧たちの小水の音(厠の音)へとつながっていく。

 あらためていうまでもなく、こうした時空を超えた「水」と「音」の描写は、“現世”と“異界”、あるいは、“聖”と“俗”の境界を曖昧にし、“すべて”をひとつに融合させていく。そう、何かと個性が重んじられる現代――生々しさのない静かな世界をのぞんだ澁澤龍彥は、あえて、「自我」を消失させ、ただの「物質」(オブジェ)となることの快楽を描こうとしたのだろう。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる