連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年11月のベスト国内ミステリ小説

今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は十一月刊の作品から。
千街晶之の一冊:折原一『六つ首村』(光文社)
十一月のベストはかなり迷ったが、折原一の『六つ首村』に決定。主人公が旧家の相続人候補に指名され、自分の故郷の六つ首村に戻る……という発端や、彼をめぐるキャラクター配置からして横溝正史の『八つ墓村』をなぞっているのは明白だが、のみならず『悪魔の手毬唄』『悪魔が来りて笛を吹く』『三つ首塔』といった横溝作品へのオマージュ要素も随所に見られる。一方で、作中作や謎の人物のモノローグなどが入り乱れて読者をミスリードする構成は著者ならでは。三十年前の惨劇の再現へ突き進んでゆく狂気のクライマックスに圧倒される。
梅原いずみの一冊:高田大介『エディシオン・クリティーク』(文藝春秋)
文献学者の修理が古今東西の文書の〝読解〟という謎解きを行う連作集だ。ともすれば大変難解な文献学を知的エンターテインメントに仕立てる手腕が素晴らしい。あらゆる知見を鮮やかに結びつけ、書物の秘密を浮かび上がらせる趣向は謎解きファン大歓喜間違いナシ。著者の博覧強記っぷりに、ただただ圧倒される。修理の元妻の真理が全三話の語り手となる設定も効果的で、特に三話目の「ヴォイニッチ写本」読解(できるのか!)は必見。「切っても切れない腐れ縁」という言葉がぴったりな修理と真理の姿が、人間と言葉の関係性にも重なる。
若林踏の一冊:折原一『六つ首村』(光文社)
現代でも多くの作家が横溝正史作品の本歌取りやオマージュに挑戦しているが、本書ほど入り組んでいて企みの多い横溝オマージュは無いだろう。題名の通り『八つ墓村』が着想元になっているのだが、ある小説家が書いた私家版作品の冒頭や元駐在の巡回日誌などなど複数のエピソードが断片的に挟まれながら小説が進むため、物語の全体像がなかなか分からないスリリングな読み心地になっている。騙しの技法で読者を翻弄し続けてきた折原一らしい仕掛けも満載。横溝作品への限りない敬意を持ちつつ、著者の持ち味を最大限に発揮している。
酒井貞道の一冊:折原一『六つ首村』(光文社)
どんでん返しと叙述トリックで読者を翻弄し続けている折原一が、持てる技巧を全て投入した上に、ストーリー面では久々に、サスペンス寄りではなく、オカルト要素が装飾された本格謎解き探偵小説を前面に出した。表題の村を舞台とするパートでは、全力で横溝正史のオマージュに走っていて嬉しい。とはいえもちろん、横溝正史の模倣ではなく、二十一世紀の折原作品に相応しくモダナイズされている。どこがどうとは敢えて言わないが、都会的・現代的な意匠も意外なところで凝らして、混迷のドラマに読者を誘う。この人にしか書けない傑作。
藤田香織の一冊:安壇美緒『イオラと地上に散らばる光』(KADOKAWA)
素晴らしく嫌らしい。口元を歪めながら、クソだなー、いやでもわかるわかるーと眉まで顰め、なのに次第にその嫌らしさが楽しくなってきてしまい、そんな自分を反省した。物語の軸になっているのは、萩尾威愛羅(イオラ)という若い女性が、ワンオペ育児病んだ挙句、「すべての原因は夫の長時間労働にある」と夫の上司を刺した事件。その際、赤ん坊を帯同していた事件とその背景も鬱案件なのだが、ネットで仕掛けて煽り燃やした編集者の岩永清志郎の嫌男塩梅が抜群なのだ。個人的には2023年本屋大賞2位に輝いた『ラブカは静かに弓を持つ』より好み。
杉江松恋の一冊:湊かなえ『暁星』(双葉社)
冒頭、現役国務大臣がイベント会場で刺殺されたという事件の存在が明かされ、、現行犯逮捕された人物の手記がその後は綴られていくことになる。湊作品ではおなじみとなった変則的な叙述だが、本作にはそれに留まらない小説としての幹がある。作者の意図は後半になってようやく見えるようになり、なるほどそういう形で現代と抗うのか、と感心させられる。ゆえに装丁には、内容に関する情報が少ないのだ。これもまた自分を取り戻そうとする者たちの物語なのである。他人の物語に流される人々への警世の書として読んだ。著者の到達点である。
刊行点数はいつもより少なかったかもしれませんが、その分企みの強い作品が並んだという印象です。『六つ首村』は急逝した表紙画家・楢喜八氏への追悼作という意味合いも背負うことになりました。これにて2025年は幕、また来年お会いしましょう。
※橋本輝幸さんは今月おやすみです。





























