「ヤクザの“本気度”に敵わない」今野敏が語る任侠×人情の新しいヒーロー像――『任俠楽団』文庫化インタビュー


作家・今野敏氏による人気エンタメ小説「任俠シリーズ」(中央公論新社)が累計100万部を突破し、その第6弾『任俠楽団』の文庫版が新たに発売された。シリーズは刊行のたびに注目を集め、読者層も幅広く、今や著者の代表作のひとつとなっている。
出版社や病院、映画館など、存続が危ぶまれる組織を任侠の精神で立て直してきた阿岐本組の代貸・日村。今作『任俠楽団』では、いざこざや襲撃事件に見舞われる、トラブル続きのオーケストラの再建に挑む。
異色のヤクザが奮闘するシリーズを描いた背景について、著者・今野氏にじっくり話を聞いた。
面白さの鍵はヤクザのリーダーではなく、側近にあり

――ヤクザをモチーフにした背景を教えてください。
今野:もう20年前の大昔のことであまり覚えていないんですが、なぜ取り上げたかというと、バブルで景気のいい時代にクラブで飲んでいると、ヤクザが大勢いたんですよね。「嫌だな」「なんでいるんだろう」と思っていたんだけど、実際にいるんだから、逆にそっちの立場になってものを考えてみたらどうなるんだろうという発想でした。それで小さな組を書いてみようと思ったんです。
――シリーズを象徴する主人公の日村は、読者が感情移入しやすく、愛着のあるキャラクターでした。彼はどのように生まれたのでしょうか。
今野:モデルというほどではないんですが、参考にした人はいました。当時、赤坂のとあるビルに仕事場を借りていました。そのビルはヤクザの事務所が入っていることで有名だったんです。エレベーターで3回に1回は一緒になりました。その中で、剃髪でお坊さんのような格好をした親分がいて、いつも子分を一人連れて歩いていました。その親分は近所の幼稚園の園児たちが道に並んで歩いていると、ニコニコしながら道をあけたりするような人でした。彼のような存在ならば、主人公にしても共感を得られると思いました。
しかし、ヤクザのトップの話を書いても面白くならないんですよ。日村のように、ナンバーツー、スリーなどの下の人間がトップの顔を伺いながら苦労する、という方が物語になりやすい。わたしは大学時代から空手をやっているのですが、自分も宗家にべったりくっついて歩いていたなあと思い出しました。気を遣ったり、機嫌を損ねないようにしたり、どうやったら気に入られるだろうと考えたりしますよね。ナンバーツーという立場の難しさはわかっていたので、書けるなと思いました。
素人には真似できない行動力
――「任俠シリーズ」はヤクザが事業を立て直す物語ですね。出版社、病院、銭湯など様々な業界に踏み込んでいきます。
今野:最初はシリーズになるとは思っていなくて、単発で書くつもりでした。じゃあどういう話にしようかと思った時に、身近だった出版社を舞台にして立て直す話にしようと思いました。ただ小説家は文芸書籍まわりのことはわかりますが、雑誌のことは知らないんですね。おそらくこういう風だろうなどと考えながら書きました。
テーマはその都度ものすごく考えるんです。第3弾の病院まではトントントンといきましたが、その後はネタがなくなってしまいました。担当編集が色々考えてくれるのですが、どれもしっくりきませんでした。だから毎回、非常に苦しんでいます。常にネタを求めているので、意見を募りたいですね。
――この度文庫化された『任俠楽団』は、オーケストラが舞台であるのが面白かったです。
今野:実はオーケストラにしたのは非常に安易な発想で、版元の中央公論新社が読売系で、読売交響楽団に取材ができるのではないかと思ったんです。話を聞いたら意外や意外、知らないことばかりで。私はジャズは好きなんですが、オーケストラにはあまり接したことがありませんでした。そこで、ジャズのビッグバンドと対比させながら書くようにしました。ドイツ人の指揮者に加えて、それに対抗するジャズマンを書きました。
――今野さんは以前インタビューで「ヤクザは嫌い」という発言もしていました。ヤクザというモチーフについてどう考えていますか。
今野:私たちがヤクザと話す時にどうして勝てないかというと、向こうは常に本気だからなんですよ。こっちはいい加減に話をして逃げようとするんですが、ヤクザはあの手この手で本気で喋って揚げ足を取ったり、恫喝したりするわけですから。その“本気度”に敵わないんです。
彼らは何かが起きたらすぐに行動することが癖になっています。そうじゃないと、上からぶん殴られる世界ですからね。そういう行動力こそがいわゆる素人さんにはないところです。もし企業人にその行動力があれば、すごいことになるんじゃないかと思うんです。
あと、普通の会社の上司が言っても心に響かないようなことも、反社の親分が言うと響いたりする。普段は恐れられている存在が良いことを言うと、みんな感動したり嬉しくなったりするわけです。ヤクザが世直しをする、という意外性ですね。




















