「父に殴られつらかった小学生時代、小説で誤魔化さずに書いた」 爪切男が初の創作小説『愛がぼろぼろ』に込めた思い

爪切男『愛がぼろぼろ』インタビュー
爪切男『愛がぼろぼろ』(中央公論新社)

 『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)、『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)などのエッセイ作品で知られる作家・爪切男(つめきりお)が、6月20日に自身初の創作小説『愛がぼろぼろ』(中央公論新社)を刊行した。

 主人公は二人暮らしの父親から毎日理不尽な暴力を受ける小学6年生・千川広海。町の人たちから不審者扱いされる太ったおじさん「ゴブリン」との出会いから、少しずつ世界の見え方が変わっていく様子を描く、笑いと切なさがごちゃ混ぜとなった青春小説だ。

 元アマチュアレスリング選手の乱暴な父、文章が得意な小学生、そして太ったおじさんなど、爪作品の読者であればこれまでのエッセイに登場してきた要素の数々に気づくはず。だが、本作は過去の経験をエッセイで「笑い」に昇華してきた著者が、初めて「素直に書く」ことを選んだという創作小説。愛を与えられなかった小学生が、自分だけの愛を見つける、読者の涙を誘う物語だ。

 独自の文体で読者を笑わせ、そして泣かせてきた爪氏に、創作小説に挑んだ経緯や、作品に込めた“家族”へのまなざしについて聞いた。(山内晋太郎)

小学生の一人称にしたことで「初めて書けた」父への思い

爪切男氏

ーー今回の『愛がぼろぼろ』は、小学生・広海くんの一人称視点で描かれています。初の「創作小説」を手掛けるにあたって、この文体を選んだ理由はありますか?

爪切男(以下、爪):40代男性を主人公に設定してしまうと、読者の皆さんがどうしても主人公イコール爪切男をイメージしてしまい、創作小説というよりもエッセイの延長として読まれてしまうと思ったんです。そこで、全く違う視点から書くことで創作小説の軸ができるのではないかと考え、小学生の一人称を選びました。私のようなおじさんが作中に出てくるとしても、小学生の目線で捉えることで物語性が生まれますし、試みとしても面白いかなと。

ーーたしかに、広海くんもゴブリンも、爪さんを思わせるキャラです。まるで子どもの頃の小さい爪さんと、現在の爪さんが邂逅するような不思議な感覚で、広海くんが救われていく姿に泣かされました。

爪:まさにゴブリンは今の私でもあり、親父に殴られて育った小さい頃の私が、「こういう人がいてほしかった」と求めていた大人でもある。小学生の自分は、親父に殴られすぎて『週刊少年ジャンプ』の「友情・努力・勝利」のような価値観を素直に信じられないイヤな子供でした。ゴミ捨て場に捨ててあったジョージ秋山の『浮浪雲』を偶然読んで、「何を描いてるのか全く分からないけど、クラスのみんなが読んでるジャンプの漫画より、僕はこっちのほうが好きだ! この漫画の良さは僕にしかわからない!」って思いこんでるような……。そんな意地っ張りの自分でも、ゴブリンみたいな変なおじさんがそばに居てくれてたらどれだけ救われたことかと。実はこの作品を書きながら何度も涙ぐんでしまって……。そんなの初めての経験でしたね。

ーー『愛がぼろぼろ』は、広海くんが父親と向き合う物語でもあります。これまでのエッセイにも父親から殴られてきた過去のエピソードが出てきましたが、小学生目線のためか、より切実に描かれているように思います。

爪:一般にはエッセイのほうが自分の思いをそのまま書けると思われがちですが、私の場合はまったく逆で、小学生の広海に自分の思いを託すことで、私自身が抱え込んできた素直な気持ちをようやく書けたんです。私は自分の気持ちを誤魔化してばかりの人間で、これまでの作品では、こっぴどい失恋や親父に殴られて育ったしんどい過去も全部笑い話として昇華してきたんですが、エッセイではなく創作小説にすることで初めて素直な気持ちを書けた。親父の話はこれまでの本でもたびたび書いてきましたが、「殴られてつらかった」という気持ちをここまでストレートに書いたことはありません。今までのエッセイを読んできた読者だったら、「え、そんなに救いがない書き方するの?」と驚くかもしれない。

ーー後半、広海と父親の関係が一気に変わる展開は読み応えがあります。どういった結末になるかハラハラしながら読んだのですが、最後の展開は創作小説だからこそ書けたという部分があるのではないでしょうか?

爪:『ロッキー』とか『カリフォルニア・ドールズ』といった映画や中島らもさんの『お父さんのバックドロップ』という小説、そういった私の好きな作品を自分なりに書いてみようと思いました。小説を書くことには、そんな楽しみもあるんですよ。好きな映画のワンシーンを、自分だったらどう再構成するか? ここまで自分の好きなものを隠さずに書いたのも初めてではないでしょうか。

 結末は、いろいろ思うことはあるけれど、世界に一人しかいない自分の親父にはやっぱり強くあってほしいという嘘偽りのない願いを込めました。ただ、現実の親父はやはりどうしようもないところがあった。私が中学生のときに親父が車でちょっとやらかして警察に捕まったことがあったんです。あんなに私のことを殴って、偉そうにしてた奴が、知り合いの県会議員さんを頼って、「あなたのお力でこの件はなかったことにできないでしょうか!」って応接間で土下座する姿を見せつけられました(笑)。弱いというかズルいというか、まあ親父もやっぱり人間なんだなと。

ーー強いお父様の意外な姿ですね……。

爪:無事に社会復帰できるようにその県会議員さんが本当にいろいろしてくれました。感謝しかないですよ。そういう恩があるのに、県会議員さんが次の選挙に出たとき、「めちゃくちゃ雨が降ってるから」っていう理由で選挙に行かなかったんですよ、あいつは。ここまで恩知らずな人間、初めて見ましたね。あれだけ世話になった人に一票を投じないなんて。しかも、よりにもよって落選しちゃって。それで……黙っときゃバレないのに「実は選挙行かんかったっすわ、雨が降っとったから」って、後から議員さんに謝りに行ったんですよ。ちゃんとしてるのかしてないのか、本当にわからない人ですよね(笑)。

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