原点は司馬遼太郎『坂の上の雲』? 『アキツ大戦記』扶桑かつみ×『オルクセン王国史』樽見京一郎スペシャル対談 

扶桑かつみ×樽見京一郎スペシャル対談



ファンタジーにおける「オーク」と「エルフ」のイメージ

――『アキツ』は亜人や魔人と只人の戦い、『オルクセン』はオークやダークエルフといった亜人たちの連合とエルフの戦いです。人種の違いによる差別や対立といったことも描こうとしたのでしょうか。

扶桑:当初はそこまで考えてはいなかったです。魔族や亜人たちを近代化させるには、魔法を持っていない人種を出す必要がありました。そして主人公の方は魔法を持っていなくてはならないとしたら、その間での戦いを描くことになるというのが大前提でした。そうした配置を作った段階で、これは差別は絶対にあるということになって設定していった感じです。

樽見:『オルクセン』でオークを主人公に据えたのは、ひとつにオークのイメージが悪役だったからです。

扶桑:やられ役の代表ですよね。

樽見:エルフはやはり良い方というイメージですよね。これをひっくり返したらどうなるんだろう? というのがひとつモチーフにありました。実は連載中にちょっと驚いたことですが、王道ファンタジーでエルフが圧勝してしまうようなシーンを逆にしたら、何かエルフに恨みでもあるんですか?というような感想がいっぱい来たんですよ。その時はあまり考えずにそう書いたので反応に吃驚しました。オークがやられる場面を書いても、何か恨みがあるんですかという反応はまず来ないと思うんです。

扶桑:それはそうですね。魔物側が主人公の場合は敵は人間というのが基本なのでそうしました。

樽見:『オルクセン』でも魔物対人間という構図をサブテーマとして潜ませるようにしています。第5巻あたりから少しずつ浮かび上がってきて、これから本当の敵は人間なんだよというのが出て来るでしょう。最初はオーク対エルフですが、エルフを倒した後に人間がいるという部分へ入って行きます。

――『オルクセン王国史』の特長は、主人公でオークのグスタフに人間世界からの転生という要素が入っていることですが、これはオークに知性を持たせるためのテクニックだったのでしょうか。

樽見:そうですね。あと、転生物でも少し変化球を投げたかったんです。転生したことによってそこにはない技術を使い物事を解決するというのが定番の展開ですが、グスタフの場合は転生してもほとんど何もできなかったんですよ。

扶桑:記憶が曖昧だという描写もありましたね。

樽見:はい。私もそうですけれど、並の一般の人間が転生したところで使える専門分野なんてほとんどないと思っています。そう都合良くはポンポンと解決できない。グスタフの場合は物事を解決するまでに120年かかっているんです。

扶桑:『オルクセン』の世界のオーク自体が、基本的に頭が良くて長命でいわゆるオークのイメージとは少し外れているところがありますよね。

樽見:野蛮ですがその野蛮っていう言葉の意味に変化球を持たせました。理性を持っているかいないかは野蛮さとは関係ないんです。理性を持っている人間でも野蛮な行為はするということを伝えたかったんです。『オルクセン』のエルフがまさしくそうですよね。

扶桑:もうイメージ丸崩れですよね。『アキツ』もオーガが出てきますが、鬼というよりは理性的な悪魔といった立ち位置ですね。

架空戦記を描く上での大前提は「我々の世界の延長そのもの」ということ

――『アキツ』と『オルクセン』は魔法も存在する世界ですが、それが戦局を決定的に変えてしまうようなものではない点が共通しています。架空戦記として描く上でそうした万能の力は極力避けようとしたのでしょうか。

扶桑:基本は現代、我々の世界の延長そのもので物理法則はいっしょということが大前提としてあります。実際のファンタジーでも、ファイアーボールのようなものより手榴弾なり大砲なりの方が強そうな感じがするじゃないですか。そういったものが出てくると魔法は対して役に立たないということも最初からありました。何より近代兵器を活躍させたいというのがあったので、魔法は抑えたところがあります。

樽見:『オルクセン』も極力、こちらの世界のようにリアルに描きましたね。例えばあのファンタジーの要素をどんどん出すと、ドラゴンみたいな空を飛ぶ生き物がいた場合、城の形がこちらの世界と同じになる訳がないんです。

扶桑:それはいつも思っています。ドラゴンが空から攻撃したら終わりじゃないかと。

樽見:そういった前提で全部1から作らなくてはいけなくなってしまうので、そこは考えないようにしました。

扶桑:大鷲族でしたか、あれはもう少数しか残っていないという設定なんですか?

樽見:そうです。基本的に大きな戦術に影響を与えないように、だんだんと数を減らしている、絶滅寸前の生き物という設定にしました。

扶桑:小説を書く上で縛りというか、大前提を組んでおかないと書けなくなってしまうんですよね。ゲームのルールを作るようなものです。グーチョキパーはちゃんと決めておきましょう的な感じです。

樽見:我が意を得たりのお言葉です。あまり突拍子もないもの入れちゃうと戦争にならないんですよ。どうしても描きたかったのが集団での戦争でしたので、ひとりだけとてつもない存在がいるということにもしませんでした。

――架空戦記を書きたかったとして、荒巻義雄先生や横山信義先生のような現実の歴史を改編するものを書かなかった理由は何かあるのでしょうか。

樽見:架空戦記を好きな人以外にも読んでいただきたかったからです。そこでファンタジーの力を借りました。

扶桑:私もそれはありますね。架空戦記小説はネタが出し尽くされた感じがあって、ファンの方もお年を召された方が多くなってしまっているので、少し違う方向性のものが必要だと思いました。それで安易ですがファンタジーはありかなと書きました。それ以外となるとSFにするしかなくなってしまいますが、SFは考えるのも大変ですしハードルも高くなります。

樽見:『オルクセン』は必要以上に細かいと言われることがあるんですが、それは架空戦記を本来読まれていない方を想定して、架空戦記のファンの方には必要のない説明を入れているからです。軍隊のこととか知らない人で、ファンタジーが好きな人にも読んでいただけるようにと、第1巻や第2巻のあたりは細かく書きました。

扶桑:私も同じ意識バリバリです。最初に架空戦記らしい戦闘シーンを持って来ましたが、本編に入ると戦争ではないシチュエーションに持っていって、そこから徐々に説明していく感じにしました。だから、今までそうした架空戦記に触れていない人に読んでいただけたら嬉しいです。もちろん架空戦記をメインに読んでいる人にも読んでもらいたいです。その両方に向けたものとなるとさじ加減がまだ難しいですね。

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