田中芳樹の復帰を信じてーー世界を熱狂させる「銀英伝」「アルスラーン戦記」の功績を振り返る

田中芳樹の復活を願って
田中芳樹『銀河英雄伝説 1』(創元SF文庫)

 『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』など大ヒットシリーズを幾つも持つ作家の田中芳樹さんが、1年前に病気で倒れて休養に入っていたことが田中さんの事務所から公表された。執筆活動の再開までにはまだしばらくかかりそうだが、意欲は十分とのことで今は回復を願いつつ、膨大な著作を読み返してその活躍ぶりを確認したい。

 田中芳樹さんの代表作は? そう聞かれて浮かぶのはやはり『銀河英雄伝説』だろう。『アルスラーン戦記』の方が好きだとか、『創竜伝』の方がキュンキュンくるとか、『アップフェルラント物語』の方が可愛らしいといった意見はどれも正しいが、ここは世界が抱く印象を元に『銀英伝』を挙げておく。

 実際、発行されている部数も1500万部を超えていると言われ、作品が届いている地域もアジアやアメリカ、ヨーロッパなど全世界規模。アニメが見られる地域も含めれば、どれだけの人がこの日本発のスペースオペラに触れ、ラインハルト派とヤン・ウェンリー派に別れて「どちらが強い?」「カッコいい?」と言い争いを繰り広げているのか想像もつかない。

 帝国の貧しい貴族の子として生まれたラインハルトが、圧倒的な才能と姉への思慕、そしてキルヒアイスとの友情に部下となった者たちの活躍などが重なって、皇帝の地位にまで上りつめていく。そんな英雄の一代記と、自由惑星同盟に生まれ歴史家への道を志しながら、家計の事情で士官学校に進んだヤン・ウェンリーが戦略家としての才能を爆発させ、艦隊司令官にまでなって帝国と激突するストーリーが交錯する。

 超絶美形で超然としたラインハルトの神々しさと、飄々としながら実は有能というヤンの独特な存在感を中心に、多くのキャラクターたちが関わりながら進んでいくストーリーには、宇宙での艦隊どうしによる激突があり、拠点をめぐる攻防戦があり、それぞれの勢力の内部で巡らされる謀略がある。そうした重層的で多角的な構造が、読み始めた人を物語の沼へと引きずり込んで離さない。

 そうした原作に沿った2度の本格的なアニメ化が、『銀英伝』をさらに広い範囲へと届けて世界的なエンターテインメント作品へと押し上げた。公表された病状に、世界から回復を願う声が上がったのも当然だ。

 『アルスラーン戦記』の作者としても、世界から快癒の祈りが捧げられた。原作小説は翻訳版も出ているが、『鋼の錬金術師』の荒川弘が漫画を手がけたことで関心を持つ人も多くなっていた模様。舞台が古代ペルシャをモデルにした国々という設定も、受け入れやすかったこともあったのかもしれない。亡国の王太子が国を取り戻すために戦い続ける壮大なストーリーは、ファンタジー好きだけでなく戦記ものや歴史ものを読む人も誘って人気となった。

 トールキンの『指輪物語』が既にあり、栗本薫の『グイン・サーガ』シリーズも始まってはいたが、ゲームの影響で親しむ層が爆発するほどファンタジーがまだ一般的ではなかった1986年から刊行を始めて、日本にファンタジーを根付かせるきっかけのひとつとなった本シリーズ。31年をかけて2017年に完結するまで走り続けることができたのも、支持し続けたファンがいたからだろう。

 スペースオペラにファンタジーの2本の柱を打ち立てただけでも功績は十分すぎるが、そこにライトノベル的なキャラクター性の強い小説『創竜伝』を投入。常人とは違った高い身体能力を持つ四兄弟が、それぞれに特徴を出しながら迫る危機に立ち向かっていく伝奇アクションを繰り広げて、若い読者を熱狂させた。圧倒的な美貌と才能を誇りながら、性格は最悪という警視庁の女性キャリア官僚が暴れ回る『薬師寺涼子の怪奇事件簿』シリーズも書いて、痛快無比な展開や垣野内成美が描く涼子の美麗なイラストで、男女を問わず虜にした。

 多才でそして多彩な執筆活動は、中国の歴史にも関心が向かって、随の時代が舞台となった『風よ、万里を翔けよ』が書かれ、宗と金が争っていた時代が舞台の『紅塵』が書かれ、南北朝時代の北斉に実在した皇族、高長恭が絶世の美貌を仮面で隠して戦いに勝利した逸話を題材にした『蘭陵王』が書かれた。『蘭陵王』は桐嶋たけるによって漫画版が描かれ、海外で刊行されるグローバルな作品となっている。

 作家デビューは推理小説誌『幻影城』が実施した新人賞の受賞がきっかけ。同期には直木賞作家の連城三紀彦がいて、2期前には同様に直木賞作家の泡坂妻夫がいて、1期前の評論部門には栗本薫もいたという由緒正しい出自は、ともすればミステリー小説界の中心で活躍し続ける運命もあったかもしれないと思わせる。だが、栗本がファンタジーを書き伝奇小説を書きボーイズラブも書いてジャンルを超えた活躍を見せていったように、田中さんもジャンルにこだわらず読んで楽しいエンターテインメントを書き続けてファンを喜ばせてきた。

 やきもきさせていた”未完”作品も、『タイタニア』『アルスラーン戦記』『創竜伝』と順に完結させ、あの伝説の四兄弟が乱入してきた書き下ろしの中編が収録された『走無常』のような新作の登場に期待を膨らませていたところで、病魔がいったんのタイムアウトをもたらした。それから1年。倒れていたことを公表できるところまでたどり着き、まだまだ書きたいことがあるという本人の言葉も添えられたことで、驚きはすぐさま安心に変わり、期待に変わった。

 あとは絶対に訪れる完全復帰を信じて待つだけだ。

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