原点は司馬遼太郎『坂の上の雲』? 『アキツ大戦記』扶桑かつみ×『オルクセン王国史』樽見京一郎スペシャル対談

極東の国家「アキツ」に集った魔人や亜人が、大陸から迫り来る只人たちの侵攻に立ち向かう。7月30日にGCノベルスから上下巻で発売の扶桑かつみ『アキツ大戦記~竜の国~』は、魔法と砲弾が飛び交う戦争を描いたファンタジーにしてミリタリー小説だ。同じようにオークやエルフが暮らす世界で武器を使った戦争が繰り広げられる『オルクセン王国史~野蛮なオークの国は、如何にして平和なエルフの国を焼き払うに至ったか~』(サーガフォレスト)の作者、樽見京一郎も『「銃」と「魔法」の邂逅だけじゃありません。「西洋風」と「東洋風」の融合です。滾ります』と賛辞を贈る。その樽見が扶桑に物語の成り立ちを直接尋ね、扶桑が樽見に『オルクセン』の魅力を語る対談が実現した。
『アキツ大戦記』と『オルクセン王国史』 東洋風ファンタジーを描いたきっかけ
――『アキツ大戦記』は扶桑かつみ先生が「小説家になろう」で連載されていた作品が第12回ネット小説大賞で入賞して書籍化されたものですね。

扶桑かつみ(以下、扶桑):初めて受賞を知った折には何ごとかと思いました。半信半疑でお会いして、そこから修正やら何やら始めていって、書籍用の原稿を完成させていきました。上巻で3分の1くらい、下巻は6割くらい書き直しています。
――そしていよいよ刊行となりました。樽見京一郎先生からコメントが戴けることになった時はどう思われましたか。
扶桑:今まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの方ですから、大変に光栄なお話でした。
樽見京一郎(以下、樽見):ありがとうございます。実は扶桑先生のことは「小説家になろう」ではない場所で軍艦などの絵をあげていらしたのを拝見して、お名前を存じ上げていました。もう大分前のことになりますが、きっと同じ小説・作家先生がお好きなのかなと思いました。小説の方は私が本業の合間に『オルクセン』を書いていたので少しか読めていなくて、今回、刊行されるに当たって改めて読んで「やられたなあ」と思いました。
扶桑:そうなんですか?
樽見:はい。実は『オルクセン』はもともと20何年か前に東洋風のファンタジーを書きたくて考えた世界観の流用だったんです。

扶桑:なるほど!
樽見:扶桑先生と共通で大好きな作家先生からいろいろと影響を受けていましたので。ただ私は書かずにいて、世界観を流用する形で『オルクセン』を作りました。『アキツ』を読んでこれは私が描きたかった作品だなあと思いました。
――エルフが天狗でオーガが鬼、ドワーフが多々羅といった具合に西洋ファンタジーのキャラが東洋風にアレンジされています。
樽見:まさしくそこですね、皆さんが西洋のファンタジーで知っている存在を東洋にきれいに当てはめた部分が、一番やられたなあと思ったところですね。これはすごいと思いました。
扶桑:エルフとドワーフはどうしようか悩んだんですが、日本が舞台なら森というよりは山だということがあったので、天狗という名前をあからさまですが持って来ました。以前からぼんやりと考えていたことですが、ここまでがっつりと形として作ったのは初めてです。『アキツ』に関しては、3、4年前に原形を作ったものですが、これではダメだということでいったんボツにしました。1本書き終わったので別のものを書こうとして、ボツにした設定をもう1回見直して組み直してようやく連載にこぎ着けました。
共鳴し合うマニアの性(さが)
――扶桑先生は樽見先生の小説を「小説家になろう」に連載中のころから読んでいらしたのですか。
扶桑:連載中に見つけて追いかけていましたね。
樽見:恐縮です。
扶桑:ファンタジーというよりはガチで架空戦記だと思いました。『オルクセン』を読んで、これは普仏戦争のあたりの時代から構想したお話なんだと思って、そこと被らせたらいけないというのが『アキツ』で日露戦争をモデルに選んだ始まりのひとつです。
樽見:扶桑先生が今回モチーフ元にされた日露戦争が実は私も大好きで、『オルクセン』も途中から大分、日露戦争色が濃くなっていくんです。
扶桑:普仏戦争の頃の西ヨーロッパと日露戦争の頃の日本とロシアなら技術的にそれほど変わりませんから重ねられますね。
樽見:そうですね。戦術はほぼ一緒ですね。
扶桑:武器が少し違っているくらいですね。日露戦争は東と西とが激突した戦争ということで、資料も豊富で安く手に入るものもあったのでモチーフに選びました。もう少し時代が進むと、兵器が戦車とか戦闘機になってしまって魔法を出すのがしんどくなるんですよ。特殊戦くらいしか魔法の活躍の場がなさそうなので、大々的に使えるギリギリのラインとして選んだところもあります。
樽見:いやもう、この時代を書かれるっていうこと自体が珍しいので、そこだけで興奮してしまいました。
扶桑:これはもう、そのままお返しします、という感じです。普仏戦争を書かれるなんてその時点で勇気があるというか、思い切りが良いというか、日本ではなかなか受けないところですから。普仏戦争でオークということで、宮﨑駿さんの豚が戦車を動かす漫画をイメージされたのかなと少し思いました。
樽見:頭の中にはありましたね。
扶桑:野上武志さんの漫画を見るまでは、私の頭では宮﨑監督のあの漫画だったんです。あの豚さんたちが頑張っているみたいな。
樽見:ドイツにしたのはイメージしやすかったところがありますね。先行する作品もたくさんありますし、読者の方の関心も高いんです。あとは資料の入手のしやすさもありました。ただ、普仏戦争となると資料が少ないんですよ。ドイツ側を書いた本なら割とたくさんあるんですが、フランス側からとなるとこれがいきなりなくなります。だから途中から日露戦争になりました。
――戦記物がお好きな方は架空戦記でも読まれただけでどの時代のどの戦争をモチーフにしているのか分かるものなのですね。
樽見:『アキツ』は冒頭のあたりを拝読しただけで、これのモチーフはあそこだろうなということがなんとなく推察できました。
扶桑:どういう場所なのか見えるようにしているところはありますね。
樽見:やはりマニアの性(さが)と言いますが、書くにあたってそうしておかなくてはというところはありますね。興奮しながら拝読しました。
原点は司馬遼太郎『坂の上の雲』
――扶桑先生が日露戦争をモチーフにして『アキツ』を書こうとした時に、これは入れておきたいといったこだわりはあったのでしょうか。
扶桑:日露戦争時代に関心を持った入り口は司馬遼太郎先生の小説『坂の上の雲』なんですが、それを読んで資料を読み始めると、その時代は実際にはどのようなものだったのかに自然に目がいってしまうタイプで、当時の貧乏だった日本にしてはよく補給が持ったなあというとこを考えてしまいました。それで、『アキツ大戦記』では鉄道をがっつりと書きたいと思って書きました。
樽見:私も日露戦争に興味を惹かれた原点は、同じ『坂の上の雲』なんです。それで、『アキツ大戦記』を読んで鉄道の持って行き方がうまいなあと思いました。
扶桑:『オルクセン王国史』の方がよほどうまく書かれてますよ。
樽見:日露戦争は、乃木希典大将の203高地攻略戦のように悲惨な戦争だったというイメージもありますが、実は日本で唯一、補給がうまくいった戦争なんですよね。砲弾はちょっとダメでしたが銃弾はうまくいきましたし、ご飯に関しては九割方うまくいきました。日本陸軍にとって師匠にあたるドイツ軍でもやれなかったことをやってしまった戦争なんです。
扶桑:そうなんですよね! 白米をいっぱい持って行きすぎて、戦病患者は脚気が1番多かったなんて笑うに笑えない話がありますから。そうした食事に関する話は、樽見先生ほどではないですが『アキツ』でも何を食べているかくらいは触れるようにしました。
――『オルクセン』は兵站の部分もしっかり書かれていて、それ以前に富国強兵で食料を増産するところから書いていて、そこが読み所になっています。
樽見:補給の部分を私はメインで書きたかったので、そうするには国の部分から全部作っておかなければとかないとうまくいかないと思ってそこから始めた感じですね。
扶桑:そこはチラチラと見えましたね。マーチン・ファン・クレフェルトの本を読まれたのかなあと思いました。
樽見:まさしくそうです。本業の関係から物流の部分を描きたいというところがあって、その物流の先にご飯があるよ、砲弾があるよという書き方をしました。よくオルクセン飯と話題にしていただけますが、そうしたご飯の描写は物流の末端の部分を描いたものということになりますね。軍隊に興味がない人にも、ご飯というのは1番分かりやすいんですよ。
扶桑:そうですよねえ。私も入れたいと思うんですけど、なかなか難しいですね。『オルクセン』はネットでの連載時から読んでいて、国のありようから始めて軍隊とはこうやって動いているんだということを、移動から兵站からかみ砕いて読ませるようにされていて大変だなあと思いました。普通はパッと派手な戦闘ばかり書いている方が戦争らしくなるんです。書いていて楽ですしみなも読んでくれていいんですが、それをしていなかった『オルクセン』の姿勢を私も少しだけですが見習って、『アキツ』でも今回は開戦までというところにしました。
樽見:『オルクセン』もそうした始めの部分が大変なんだよっていうのを書こうとしたので、ごく初期の構想では第2巻くらいまでしか書くつもりがなかったんです。書いていくうちに感想をいただいて、これはもう最後まで書こうと。全体構想自体は最初に頭の中にあったので、最後まで行かせていただきますという格好で走らせてもらっています。
扶桑:やっぱり戦争って準備がすべてみたいなところがありますから、それを書けたらすごいなとすごいなと個人的には思ってます。
樽見:その点で、扶桑先生の作品で私がピンと来たのは、戦争が始まる前に密偵を送る部分でした。日露戦争は実際、始まる前に日本陸軍の密偵が入り込んでいましたから。あのあたりがモチーフ元となんだろうなと思いながら拝読していました。
扶桑:さすがです。そこまでちゃんと知っていただけている方はなかなかいませんから。小説としてはもう少しキャラクターを最初に出しておきたいと思って、密偵を出したところがありますね。開戦までにしたという理由には、アキツがどのような国でどのような生活をしているのかということを、しっかりと見せておきたかったところがあります。もう戦争が始まってしまうと戦うしかありませんから。
樽見:分かります。うちもそうですので。私のは構成としたら異例なんですよ、主人公とヒロインがかなり早くくっついてしまうというのは。普通の物語なら最後にくっつけますから。早めにくっつけてしまった理由が、戦争を始めたらくっつけている時間がないぞと思ったからです。
扶桑:それで言ったら私の方は、最初からもう一緒になっている状態ですね。恋愛過渡期なんてないよといったレベルの状態にしてしまいました。そこはイレギュラーだと思っています。





















