クローズドサークル × 余命宣告で予測不能の展開に? 『このミス』文庫グランプリ『どうせそろそろ死ぬんだし』の皮肉な笑い

読んでいて興味深かったのは、余命宣告を受けた者は、否認、怒り、取り引き、抑うつ、受容という「死の五段階」を経るという茶山の説明だ。これは、エリザベス・キューブラー・ロス『死ぬ瞬間』にもとづくもの。あなたはもうじき死ぬといわれた時、否認、怒り、抑うつ、受容という感情の反応を表すというのは理解しやすい。理解しにくいのは取り引きだが、これは自分が助かるならばどんなことでもするというような態度を指す。キリスト教圏であれば神に対し取り引きを持ちかけるだろうし、信仰の問題がからむ。『どうせそろそろ死ぬんだし』では、「かげろうの会」のメンバーそれぞれの現状が、どの段階にあるかと関連づけて説明される。
一方、ミステリー作品の多くでは殺人事件が発生し死者が発見される。だが、長い拷問の果てに命を奪うケースよりは、相手の隙をついて殺すケースの方が多いはずだ。五段階を経るほどの時間の余裕はまずない。むしろ、否認、怒り、取り引き、抑うつ、受容という感情の変化をたどりそうなミステリーの登場人物といえば犯人である。殺人事件の犯人だと特定されることは、(罪を償うまでの一時的な状態といえるかもしれないが)社会的な死に近い。だからこそ自らの犯行を隠そうとする。
本作では犯人が意外な(かつコミカルな)追いつめられ方をして、動きを封じられたうえで犯行の細部を次々に指摘されていく。その際の犯人の反応に「死の五段階」を連想する読者は少なくないだろう。ここには、余命宣告を受けた者と犯罪を指摘された者という、追いつめられた者同士の対比がある。本作には、最後の最後まで皮肉な笑いがある。デビュー作でここまでやってくれるとは。この先も楽しみ作家だ。
■書誌情報
『どうせそろそろ死ぬんだし』
著者:香坂鮪
価格:800円
発売日:2025年3月5日
出版社:宝島社

























