鈴木光司『ユビキタス』で日本中にまたも恐怖伝播……怪奇幻想ライター・朝宮運河に聞く「1990年代」と「2025年」のホラーブームの相違点

1990年代と2025年ホラーブームの相違点

90年代のホラーブームのもととなった『リング』

『リング』はもともとミステリ系の小説賞である横溝正史賞に応募された作品だ。ミステリの定義に当てはまらないため最終選考で惜しくも落選となったが、1991年にハードカバーとして出版。1993年4月創刊の「角川ホラー文庫」第1弾として文庫化されると一気に人気に火がつき、同レーベルからも数多くの名作ホラーが生まれ、大成功を収めていく。

 また『リング』が日本のホラーに与えた影響はこれだけではない。同作のヒットを受け、角川書店はフジテレビとともに新たに新人用の文学賞である「日本ホラー小説大賞」を1994年に創立。第2回は瀬名秀明氏の『パラサイト・イヴ』が大賞を受賞し、第3回では貴志祐介氏が『ISOLA』で佳作を受賞しデビューを飾る。後に映像化して大ヒットを記録する、スケールの大きな作品が同賞から多数生まれていったのだ。

「『リング』の初版を見ると、帯のどこにも“ホラー小説”とは書かれていないんです。つまり、その頃はホラー小説というマーケット自体がなかったということ。ただ結果的に、この作品のヒットが後の名だたる作家たちの誕生に繋がりました。日本に、一気にホラーの読者が増えていったそのきっかけは、『リング』だったと言って間違いはないでしょう」

 一本のビデオテープから貞子の呪いが広がっていった『リング』のように、鈴木氏の小説の持つ恐怖の魅力が多くの読者に伝播していったのだろう。

「90年代の作品は、今振り返るとスケールの大きさが魅力です。今回の『ユビキタス』も植物をテーマにした“バイオホラー”で、人探しの依頼が数千万人の命の危機に繋がっていくという壮大な物語。当時はこのようなテーマがホラー小説で大流行しまして、作家の想像力と取材力で培った生物学的な知識を盛り込み人類の脅威を描く小説に多くの読者が夢中になりました。こうした大型エンタメ的な描き方がまさに90年代風で、当時の読者が『ユビキタス』を読んで懐かしさを感じるポイントかもしれません」

 こうしたスケールの巨大なエンタメホラーとは違い、「身近な」「現実的な」恐怖を描くのが2025年的なホラー小説だと朝宮氏は説明する。

「やはり、ずっとホラーを読んできたものとしては手触りの違いを感じます。最近の小説では、最後まで読んでも何が祟っているのか、何がこちらに害をもたらせているのか正体が明かされない。“ウイルス”や“ミトコンドリア”といった敵の正体が分かる90年代のホラー小説とは違い、モキュメンタリーや実話怪談と言われる最近のホラー小説では、解決の一歩手前で終わるため、独特な不穏さだけが読後に残る。そこが魅力になっています。ただ、色々な種類のホラーが生まれるのがファンとして望ましいところ。『ユビキタス』は発売即重版という話を聞いていますし、本作をきっかけに若い読者が『リング』や『らせん』に触れる機会になれば。90年代的なエンタメホラーの面白さ、怖さを多くの人に味わってほしいです」

 鈴木氏の復活により、日本のホラーは再び多様な恐怖と可能性に満ちた新時代へ突入したと言えるだろう。

■朝宮運河(あさみや・うんが)
怪奇幻想ライター。1977年北海道生まれ。ホラーや怪談・幻想小説を中心に、本の情報誌『ダ・ヴィンチ』や怪談専門誌『幽』など各社媒体に書評・ブックガイドなどを執筆。小説家へのインタビューも多数こなしている。

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