立花もも新刊レビュー メロスの副読本としても最適な小説や伊岡瞬、逢坂冬馬の注目の新刊登場

逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』(早川書房)

逢坂 冬馬『ブレイクショットの軌跡』(早川書房)

    すごい小説を読んでしまった、と思った。正直、公式のあらすじを最初に読んだときは「どういう話なんだ……?」とあまりイメージがわかなかったのだが、読み終えてみてわかった。これは、読まないとわからない。というか、できるだけ前情報をなくして、先入観なしに読むのが大正解の作品だった。

  Xだけが唯一の社会の接点である自動車期間工の青年、タワマンで暮らすヘッジファンドのエリート役員、優秀な息子が自慢の善良な板金工、アフリカでゲストの護衛を担う元少年兵。一見、なんの関わりもなさそうに見える人たちの挙動、一つひとつがバタフライエフェクトのように重なって円環していく。「まさか、何気なく読んでいたあの描写が、ここに繋がってくるとは……」「この人が、こんなところで登場するとは……」という伏線だらけの構造が見事なのは言うまでもないのだが、ただ点と点を結んで線とし、すっきりさせるのではなく、自分たちの日々の些細な行いがとんでもない事故を引き起こすかもしれない、誰かを絶望のどん底に突き落とすかもしれないという、その可能性を生々しく想起させられるのが、いちばんの凄味。

  人生は、善良な人が報われるとは限らず、長年の地道な努力は理不尽な現実によって、あっさりふいにされてしまう。その残酷さもまた、会社の不祥事や詐欺グループの内情などを通じて、これでもかというほど描かれる。けれど同時に、絶望と諦念に支配されながらも、ほんの少し光る良心が、他人だけでなく自分自身のことも救うことがるのだと、本作は希望の光で私たちの心を照らしてもくれる。ままならないことだらけの現実を、どうすれば生き抜くことができるのか。物語の中心を駆け抜ける、ブレイクショットという四駆自動車の軌跡とともに、ぜひ悩み、惑わされながら、追いかけてほしい。

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