立花もも新刊レビュー 浅倉秋成の新作、愛らしい主人公から恋愛小説まで……今読むべき3選

 発売されたばかりの新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。数多く出版されている新刊の中から厳選し、今読むべき注目作品を紹介します。(編集部)

浅倉秋成『まず良識をみじん切りにします』(光文社)

浅倉秋成『まず良識をみじん切りにします』(光文社)

  浅倉さんの作家性をよく表しているタイトルだなと思った。私たちがふだん思い込んでいる「こうあるべき」という固定概念や「こうなるであろう」と予測する前提になっている良識。それを「本当に?」と問いかけ、ぐらぐらと読者を揺さぶりながら、思いもよらぬところに連れて行ってしまうところが、浅倉さんの小説にはある。

  1話目のタイトルは「そうだ、デスゲームを作ろう」。辛抱が得意な男が取引先のパワハラについに耐えかね、長野県山奥のコテージを購入し、にくき相手に罪を自覚させようとするという物語なのだが、相次ぐ理不尽と希望を叩き壊されていく現実に、完全に心が壊れていくさまに、読んでいてぞくぞくさせられる。

  ムカつく相手を完膚なきまで叩きのめすためにデスゲームの開催を決意するなんて、文章するとかなり、荒唐無稽。最終的に吉祥寺から三重のほうまで行列ができてしまう、人気のクロワッサン屋に挑む主婦を描いた第二話や、突然「気分が悪い」と言って出てこなくなった花嫁を引っ張り出すため、誰が彼女を気分悪くさせたのか――気持ち悪い言動をとったのは誰かで罵りあう第三話も、本作に収録されている話はどれも、あらすじだけ聞けば「そんなの現実にはありえないでしょ」と笑われてしまいそうなものばかり。

  でも、あるかもしれない、と思わされる何かが、本作にはある。良識のある人間でいる限りは太刀打ちできない現実を突きつけられたとき、自分を守るために壊れる、ということはきっとある。壊れなければ生きていけないくらい、この世界は理不尽なもので溢れかえってもいる。それをハチャメチャに打破していく登場人物たちの姿に、どこかスカッとしたものを感じてしまう私はきっと、自分が思っているほど良識的な人間ではないのである。

石田夏穂『ミスター・チームリーダー』(新潮社)

石田夏穂『ミスター・チームリーダー』(新潮社)

  まったくタイプは違うけれど、こちらもある意味で「良識ってなんだろう?」と思わされる作品かもしれない。ボディビルダーの大会に出るため、厳しい減量を己に課している会社員の後藤にとって、仕事中もバクバクお菓子を食べて、膝が痛いというのに肥満を見直そうとしない同僚たちは信じがたい存在だ。太っている奴は、動きも遅い。言い訳も多い。そのしわ寄せは、新米チームリーダーである後藤にやってきて、ストレスがかさむと体重がまるで減らなくなる。頑張っているのに、減らない。努力が、報われない。苛立ちながらも試行錯誤を重ねる彼は、あるとき、気がつくのだ。よぶんな人材は外に出し、仕事を効率化して、職場を〝スリム化〟することで、彼の体重も減っていくのだと。そうだ、チームの体脂肪も減らさなくちゃいけない!と後藤は、必死に、仕事にも減量にも向き合い始める。

  もう、何を言っているのかという感じなのであるが、後藤はとにかく一生懸命、誰よりもまじめなのである。多少(ではないけれど)肥満の同僚たちに対する内心の毒舌はだいぶひどくて、口に出せばコンプライアンス的に一発アウト、小説とはいえこの表現は大丈夫か?と思う場面もないではないが、不思議と共感して、彼に寄り添う気持ちになっていく(デブに対する厳しさは、読んでいて「ごめんなさい!」と頭を下げそうになるほど、我が身に突き刺さるにも関わらず、である)。

  健康も仕事も、効率的に管理して、ちゃんとやっているはずなのに、なぜかうまくいかない。イレギュラーな事態が起きて、歯車くるって、かえって悪い方向へと転がってしまう。頑張ればいいってものでもないんだよなあ、という世の中の、どうしようもない理不尽に対する共感も、本作には詰まっている。がんばれ、後藤。たぶん誰にも理解してもらえないと思うけど、きみはきみの信念を貫いてくれ。私は私で、そうするから。なんてエールをお互いに送りたくもなってしまう。今年読んでいていちばん、友達にはなりたくないけど、愛らしいと感じた主人公かもしれない。

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