木村紅美『熊はどこにいるの』インタビュー「傷ついた女の人同士であっても、なかなか理解しあうことは難しい」

木村紅美『熊はどこにいるの』インタビュー

新しい場所に行くことができた小説になった

――リツを姉さんと呼ぶアイは、リツほど男を拒絶しておらず、むしろ生きていく上では必要な存在として求めている。丘のうえの逃げ場を求める同志でありながら、決して噛み合わない二人を通じて、連帯することのむずかしさも感じたのですが、ご自身で書いていて見えてきたものはありますか。

木村:もうちょっとコミュニケーションをとりあいながら暮らせたらよかったのかなあ、とは思いますけど、とったところで結果は同じだったかもしれませんよね。私はそういう場所に身を置いたことがないので、想像するしかないんですけど、傷ついた女の人同士であっても、なかなか理解しあうことは難しいんだろうなと思います。むしろ同じだと思うからこそ、あの人のほうが注目されているとか、優遇されているとか、置かれた状況の違いが気になることもあるでしょうし、誰にだってそれぞれ個性と価値観があるから、傷ついたという一点だけで一致団結することもできない。でも、それでも手を取りあわないといけない時期、そうすることで生き延びられる瞬間というのもあるんじゃないかなと思います。

――むしろ、ふだんはわかりあえない相手だからこそ、一瞬通じ合った瞬間というのが得難くて、そういうこともあるかもしれないと思うと、この先も生きられるというのはあるんじゃないかなと思います。

木村:ああ、それはそうかもしれませんね。私、大学を卒業してから5年間くらい、父の縁故でなかば強制的に就職した商社で勤めていたんですよ。もう、ばっきばきの昭和・家父長制が染み付いた社風で、男は全員営業で、女は全員事務で20代のうちに結婚して寿退社が当然という風潮。30代を超えて独身で働いていると、とてつもなく冷たい目で見られてしまう。で、私はどうやら「なんで結婚しないんだ」と常にからかわれている30代、40代の先輩方のサンドバックとして雇われたようなんです。というか飲み会で偉い人に「あなたはサンドバックとして雇われたんだよ」と笑いながら言われて。

――最悪じゃないですか!

木村:そう、最悪なんです(笑)。しかも、社内の愚痴、うわさ話やトレンディドラマについて語りたい同僚女性たちと、昼休みに坂口安吾や夢野久作を読む私では、まるで話がかみあわなくて、ものすごく浮いていました。同じくらい浮いていたのが、取引先の縁故で入社したお嬢さん。仕事はできないけど、常に高級ブランドをこれみよがしに身に着けていて、先輩方に嫌われている彼女と私は、社員旅行で行ったハワイのホテルで同室になってしまったんです。私も決して、彼女に好感を持っていたわけではなかったし、向こうも同じなんじゃないかとは思うんだけど、散歩に誘われてワイキキビーチを二人で歩いたりして……。その時間がなぜか、いやではなかったんですよね。疎外されているもの同士、傷のなめ合いと言ってしまえばそれまでなんだけれど、全然タイプの違う彼女と、妙に通じ合う瞬間が何度かあった。そういう経験が、実はけっこう大事なんじゃないかなと思ったりもします。たとえその後、別れ別れになったとしても、互いを支え合った瞬間の記憶は案外かけがえのない、貴重なものなのではないかと。

――アイに限らず、丘のうえにやってくる同志であるはずの女性たちと、リツはどうしても長期的な関係を築くことができない。誰かと暮らし続けるのは向いていないのだ、と自覚するリツは確かに孤独だけれど、彼女がユキを懸命に育てていた時間が消えるわけではないし、断続的に訪れる救いのような瞬間を、抱いていくこともまたひとつの希望だよなと読んでいて思いました。

木村:ありがとうございます。しっかりと永続的につながれる関係があればいちばんいいのかもしれないけれど、助けてほしいと思ったときにすぐ、支援につながりやすいシステムをつくらなきゃだめだろうなと思うんです。すぐに出ていってしまうかもしれないけれど、今、とりあえず、窮状をしのぐために駆け込むことのできる場所があったほうがいいし、駆け込んでもいいのだと思える空気をつくることも必要なのだと。この小説を書いたきっかけの一つである乳児の遺棄事件では、逮捕されたお母さんは実家住まいで、望まぬ妊娠をした方でした。似たような事件は、日本全国いろんな場所で起きていて、目にするたびに、気づいていたけど声をかけることのできなかったヒロのような人が、まわりにはいたんじゃないかなと思います。なんだかお腹が大きいような気がするな、ちょっと様子が変だな、と思いながらも、大丈夫なのだろうと勝手に思い込んで、見過ごしてしまう。ヒロという人物は、そういう人物として書いたわけですが、その後、子どもたちに手をさしのべるようになった彼女のように、後悔を未来に活かせるのは人間のいいところでもあると思います。

――作中で、大人たちがユキに暴力をふるってしまったり、心に爪痕を残してしまったりする瞬間も描かれますが、常に正しく、善きふるまいをすることなど、だれにもできない。その瞬間的な発露が「熊」であり、どこにでもいるのだということを、本作では描いているのかなと思いました。

木村:熊に対する解釈は、読む人にとって異なるとは思うんですけれど、私自身は書き終えてみて、リツがいちばん熊に近い存在だったのかもしれないなと思っています。社会から疎外され、ようやく見つけた居場所で心が溶け合ったように思える人も、みずから追い出してしまう凶暴性を孕んでいる。でも、凶暴性とともに優しさもあわせもつ、誰よりも自然のシステムにくみこまれた存在として生きていくことが、彼女にとっての救いなのかもしれないな、と。担当編集者さんが、帯に「最高傑作」と書いてくださったんですけど、自分としてもまた新しい場所に行くことができた小説になったのではないかと思います。具体的な地名を書いてはいませんが、岩手県に移り住んで四年半。その土地の風土を生かした、この場所でしか描けない小説を書けたことも、今は嬉しく思っています。

■書籍情報
『熊はどこにいるの』
著者:木村紅美
価格:1,980円
発売日:2025年2月6日
出版社:河出書房新社

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