ヤギの睾丸を患者に移植……デタラメ治療で巨万の富を築いた最も危険な偽医者のノンフィクション

巨万の富を築いた偽医者の人生が凄すぎる

 こうした広報にまつわるノウハウは、政治の世界にも応用される。1930年にブリンクリーは、カンザス州知事選挙に出馬。派手な飛行機で州内を飛び回り、ラジオもフル活用するショー的要素の強い選挙活動は、現代の選挙戦の先駆けとなるものだった。結局落選こそしたものの、商売の方は右肩上がりで、大恐慌の時期にあっても年間で一千二百万ドルを稼ぎ出す。得意絶頂のブリンクリーだが、その行く手には一人の天敵が常に存在していた。米国医師会が発行する雑誌の編集者で、偽医者バスターとしての活動をライフワークとする、モリス・フィッシュベイン医師その人である。

 人工的な若返り術などあり得ないし、品質管理の杜撰なブリンクリーのクリニックでは医療事故が多発している。ところが法律は穴だらけで、刑事責任を問うことができない。そこでフィッシュベインは、ブリンクリーがとんだ食わせ物であることを記事の執筆を通じて告発し、世間に注意喚起を行う。さらには州や国に働きかけての医師免許・ラジオ免許の剥奪など、間接的に活動を制限しようと試みる。

 実はこの二人、同時期にシカゴで別々の大学に入学をしている。その後歩んだ道は違えども、仕事熱心で好戦的と、案外似たもの同士な彼らのライバルストーリーという側面が本書にはある。最終決戦の場となる、ブリンクリーがフィッシュベインを名誉毀損で告発した裁判の模様は、法廷ドラマとしての読み応えも十分。〈名誉を毀損されたという人物の全人生が俎上に載せられ〉る場面でも、堂々と白を切るブリンクリーのこれまでの嘘と矛盾が、フィッシュベイン側の弁護士たちの尋問を通じて炙り出されていく。

 だが困ったことに、我らが主人公のただの詐欺師に収まらない才能と魅力を知れば知るほど、読者としては悪事を憎み断罪することが難しくなっていく。それどころか、本書の中でブリンクリーが窮地に陥る度に、どんな手を使って挽回するのだろうとワクワクさえしてしまうのだ。どうやら私も詐欺師に騙される素質が、十分にあるらしい。

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