連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年1月のベスト国内ミステリ小説

今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は一月刊の作品から。
若林踏の一冊:新川帆立『目には目を』(KADOKAWA)
かつて傷害致死の罪を犯した少年Aが、被害者の母親に殺された。母親にAの情報を密かに教えた少年Bは、過去に少年院で過ごした六人のうち一体誰なのか。“密告者探し”というフーダニットの趣向に惹かれて読み進めていくと、途中で驚くべきことが判明して愕然とする。ただ驚かせるだけではなく、物語を統べる主題をより鮮烈に浮かび上がらせることに結び付いている点が良い。派手なキャラクター設定や奇抜や着想で評価を得ることが多かった著者だが、本作では謎解きを始めとするミステリの技法で勝負できることを証明してみせた。
千街晶之の一冊:新川帆立『目には目を』(KADOKAWA)
かつて人を死なせた元少年が遺族に殺された。少年院で知り合った六人のうち、殺されたのは誰で、彼のことを遺族に密告したのは誰なのか? 元少年たちの証言からは、生まれ育ちに起因する歪みや、心底から更生しているようには見えない現状などが浮かんできて、やりきれない思いを禁じ得ない。だが、一方で本書は極めてトリッキーなミステリでもある。そして最も感嘆したのは、これほどアクロバティックな大技を仕掛けながら、登場する人々のキャラクター造型に全く矛盾が生じていない点だ。早くも、今年を代表するミステリが登場した。
酒井貞道の一冊:新川帆立『目には目を』(KADOKAWA)
被害者の遺族が、少年院を出所していた犯人を殺害した。どうやら、元少年犯としてプライバシーが保護されていた犯人の行方を、少年院仲間の誰かが密告したらしい。物語は、この事件の取材者の手記、という体裁で始まる。罪刑のバランス、少年法、自力救済(復讐)の問題を扱う「よくある」常套的な作品だろうと正直なところ侮っていた。しかし中盤で「ん?」と思うしかない記述が出現し、テキスト自体が読者を揺さぶってくる。このミステリ的な振動を、真相の衝撃に共振させる手際も見事。新川帆立史上、最も企みに満ちた作品である。
橋本輝幸の一冊:真堂樹『春燕さん、事件です! 女役人の皇都怪異帖』(集英社オレンジ文庫)
明代の北京がモデルだが、女性も一定の条件のもとに女吏(下級役人)として治安維持を任される世界観である。中編二作と短編一作を収録。
かつて出会った女吏にあこがれる主人公の春燕は、うだつが上がらない学生・許と知り合い、じつは実直で聡明な彼と共に事件を追う。男女バディもので、性別や管轄の壁に阻まれながらも主人公は都の平和を守る本分を果たしていく。ただし女吏の定年は二十八歳。春燕の任期もあと三年だ。事件はどれも犯人と動機の解明と、いかに関係者を納得させて落着させるかという二段がまえ。ぜひ続編も読みたい。