登場人物の「正体」をめぐる問いの連鎖ーー原作小説から読み解く、映画『正体』の狙い
各場所で鏑木と親しくなった人をみていくと、いずれも過去にあやまちや後悔があったり、今わだかまりを持っていたりすることに気づく。工事現場で働く野々村和也は、かつて暴走族に属していた時のトラブルで仲間から信頼を失い、現在は契約のアルバイトで発注元の会社からこき使われている。メディア会社でチーフディレクターをする安藤沙耶香は、妻子のいる男との不倫が終わった後、鏑木と暮らすなりゆきとなった。渡辺淳二は、自身に覚えのない一件で罪に問われ、ネットで拡散されて弁護士を続けられなくなり、旅館での住みこみのバイトを選んだ。パン工場でパートをする近野節枝は、同僚の誘いで新興宗教に出入りするようになったことで、夫から責められている。東京の美容専門学校に通ったものの挫折した酒井舞は、地元の茨城県のグループホームで働き始めた。
彼らはみな、自分の思いが近くにいる誰かに素直に伝わらない、自分の思う自分と周囲の思う自分にギャップがあるといった経験をしてきた人々だ。身近に接するようになった鏑木の正体を考えざるをえなくなる一方、彼らもまた、自身はどう思い、どうしたいのか、本当の自分と向かいあわなくてはならなくなっていく。いいかえれば、主人公の鏑木だけが正体を問われるのではなく、彼と接した人も自分の正体を問うことになるのである。その意味において鏑木は、出会った人が自身と向きあうようにさせる触媒のような役割を結果的に果たしている。だからこそ、彼らにとって忘れられない人ともなるのだろう。
原作のこのようなあり方をみてくると、今回の映画で物語における存在が大きくされた刑事・又貫征吾にも同様の要素が見出せるように思う。一家惨殺事件の解決、後には脱獄した鏑木の逮捕を厳命された又貫は、警察組織のなかで絶対的である上の意向に疑問を持つことを許されない。上の方針通り動くしかない。観客の前で又貫もまた、本心はどこにあるのかと正体を問われる人物なのである。
『正体』は小説も映画も、登場人物の正体をめぐる問いの連鎖が緊張感を高めていく。この物語は、どれが本当の自分なのか、本当のあなたはどこにいるのかといった誰もが抱く問いをサスペンスの形で突きつめた上質なエンタテインメントである。