「全てわからせる必要はない」映画監督・黒沢清、脚本制作で意識することーー自著『Cloud Book』を語る

黒沢清監督が「分からせない」脚本術語る 
「Cloud Book」boid online shopと全国の一部劇場や書店にて販売中

 日本が誇る鬼才・黒沢清監督による最新長編映画『Cloud クラウド』が、現在公開中。第81回ヴェネツィア国際映画祭、第49回トロント国際映画祭、第29回釜山国際映画祭などで各国の映画祭で上映され、第97回米国アカデミー賞国際長編映画賞日本代表作品にも選出された注目作だ。

 公開に合わせて、本作のシナリオとサウンドトラックCDを収録し、黒沢監督と劇伴を手がけた渡邊琢磨のインタビューを収録した「Cloud Book」が9月30日に発売。その発行を記念し、黒沢監督へ脚本についてじっくりとお話を伺った。

◼️脚本は「全く勉強していないんです」いまの制作スタイルにたどり着くまで

――『Cloud クラウド』の脚本を書き始めてから撮影に至るまでには、どれくらいの年月を要したのでしょう。

 何度か書き直しているので、最終稿に至るまでには2〜3年かかったのではないかと思います。

 元々あった「ガンアクションをやりたい」というものや主人公の人物像はそこまで変わらず、襲ってくる人たちの設定が何度か変わった記憶があります。

――ちなみに、黒沢監督が初めて触れたシナリオには、どういったものがありますか?

 今ではあまり考えられませんが、昔は映画の雑誌に外国映画のシナリオが日本語で載っていたのです。恐らくそれで『ワイルドバンチ』のシナリオか何かを高校生ぐらいのときに読みました。熟読したというよりは、映画にはシナリオというものがあることを知っていたけれど、こういう風にセリフとト書きでシーンごとに分かれているものを書くのだなと知った、といった程度でした。

主演・菅田将暉、映画『Cloud クラウド』全国上映中©2024「Cloud」製作委員会
©2024「Cloud」製作委員会

――黒沢監督はご自身で映画を作られる際、いまお話しいただいた『ワイルドバンチ』の脚本などから勉強をされて臨んだのでしょうか。

 それが、全く勉強していないんです。基本的に自分が書く脚本というのはあくまで自分が撮るための準備物なので「ひどいものですがこれで許してください」という気持ちで書いています。

――『トウキョウソナタ』や『スパイの妻』ほか、他の方が書いた脚本を託される場合は、違いがあるものですか?

 僕の場合は知り合いや学生に書いてもらう時は、それを基にしてもう一度自分で書いています。例えば「ここのセリフはちょっと違うよね」「このシーンはこう変えたい」「順番をこう入れ替えるのはどうだろう」といった具合に。

 ですので人が書いたものをそのまま「これをどう撮ろうか」と頭を悩ませることはなく、人が書いたものであってもそのまま使えるものはそっくりそのままいただき、てにをは含めて自分のスタイルにすべて書き直すところからスタートしているのです。そのため、人が書いたからどうだということはあまり気にしていません。

©2024「Cloud」製作委員会
©2024「Cloud」製作委員会

――ちなみに、脚本執筆時にビジュアルイメージは浮かんでいるものでしょうか。

 シーンにもよりますが、ほとんどの場合はどんな映像になるかわからないまま書きます。ロケ地も俳優も決まっていないものですから、実際わからないのです。他の方がどのように書かれているかよくは知りませんが、例えばシーンの「柱」に「家」や「道」「室内」と舞台を書きますよね。あれは適当です。何も書いていないのも不親切なので入れておく、というぐらいです。時間設定に関しても。気分的に夜だよなという感じです。いざ監督するとなったときに「昼でもいいな」と変えてしまったり、スケジュールの都合に合わせたりして自由に変えてしまいます。

――いまのお話だと、黒沢さんの中で「脚本」と「監督」は連結しているというより、割と分かれていてスライドしていくような形なのでしょうか。

 そうですね。昔はもう少し気合を入れて、映像を思い浮かべて具体的に色々指定しながら書いていた時期もありましたが、そうした所でほとんど実現できないし書いても空しいのです。或いは書いたとおりにこだわると全然うまくいかなくて、1回捨てて目の前にあるもので対処したら実にうまくいったということも経験して、ある年齢になってから脚本は脚本で割り切って書き、監督となると切り替えることができるようになりました。

◼️“映画を作りたい”という欲望「監督と脚本はなかなか分離しづらいもの」

――脚本家や監督を目指す方々が本書を購入される場合も多いのではないでしょうか。

 僕にはそれがとても不思議です。というのも、若くして映画を作りたいと思う人は「脚本」とか「監督」といったものではなく、全てが同時だと思うから。「映画を作りたいけれども、監督や脚本だけしたいな」と思うのは、よほど変わった人なのではないかと思います。

 僕が若いときは脚本も監督も撮影もやりたかったし、それが映画を作りたいという初期の欲望なのではないかと思っています。人によっては主演俳優もやりたいという方もいますしね。カメラと俳優を同時にやるのは相当高度な技術を要しますが、プリミティブな欲望としては全てが同時かと思います。そこをスタートにして「なかなか一人ではできない」という現実に直面して「俳優は誰かに任せよう、カメラは友だちにお願いしよう」と別れていくものですが、監督と脚本はなかなか分離しづらいものだというのが自分の考えです。

――確かに。原初にあるのは「映画を作りたい」ですもんね。

 そうなんです。ただ、商業映画のシステムとしては監督と脚本を分けようとすることが多いように思います。その理由は、脚本を書く時点では割と時間的に余裕がある場合が多いし、書くだけならさほど経費も掛からないけれど、監督となるとスケジュールと予算が決まっているから。短期間のうちに一気にやらないといけないものなので、全く違うシステムで動く脚本作りと監督を同じ人がやるのはレアなケースかと思います。脚本家はプロデューサーとじっくり時間をかけて脚本を書いて、一方で監督はバタバタと撮っているものですから、商業映画では別れた方が効率がいいのです。僕はなぜか自主制作で全部自分でやっていた頃のまま、自分の映画はほとんどの場合に自分で脚本を書く・人の脚本であっても自分でリライトする…といった感じで、今まで来てしまいましたが。

©2024「Cloud」製作委員会

――そんな黒沢監督にとって、『Cloud』のシナリオブックが発売されるのはどんなお気持ちなのでしょう。

 シナリオブックを読まれた方は映画そのものもご覧になっていらっしゃるでしょうから、こういうところが同じなんだ、ここは全然違うじゃないか、字面としては一緒でも画で見ると印象はまるっきり違うんだなといった具合に、映画を作るということの複雑さを感じ取っていただければ、それはそれで有意義だなとは思います。

 僕は先ほど「脚本は設計図」と申しましたが、一方で脚本はまずはプロデューサーや俳優といった他者に読んでもらうために書くものなので、人に読まれても恥ずかしくないように読み物としてちゃんと面白く、面白い映画を撮ろうとしているんだなということを分かってもらえるように――ということは心がけて書いています。ただ、小説のように読もうとしても、決して楽しいものではないかと思います。

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