取次大手「トーハン」小規模書店向けの新サービス10月17日開始 現役の本屋店主はどう見た?

■トーハンの新サービスに業界が注目

取次最大手トーハンは、小規模書店に向けた配送サービス「HONYAL(ホンヤル)」の開始を発表

  書店取次大手のトーハンが、10月17日、小規模書店に向けた配送サービス「HONYAL(ホンヤル)」を開始したと発表した。配本の対象から雑誌を外し、書籍に限定する。ほかにも、週1回程度の配本とするなど制約は多いものの、書店への参入障壁が下がる画期的なサービスといえる。

 昨今、書店の閉店が相次いでおり、書店がない自治体の数が増加傾向にある。数年前は、老舗の書店がなくなり、チェーンの書店ばかりになってしまう……という傾向にあったが、最近ではなんとチェーンの書店も撤退してしまう厳しい状況に陥っていた。

 そんななかで注目を集めているのが、個人経営の書店である。従来の個人経営の書店と一線を画すのは、店主の趣味やこだわりが如実に反映された店作りがなされている点だ。例えば、地質学が好きな店主の書店なら、地層や化石、地球科学の本が並ぶ。アニメファンの店主ならアニメ関連の画集が充実している……と言った具合である。

 こういった書店を巡る読書家も増加し、開業が一種のブームになっている。「HONYAL(ホンヤル)」の開始も、こうした風潮の影響を受けているのだろう。小規模書店が増加すれば空き店舗の活用が進むと考えられ、商店街の活性化などの効果も期待される。何より、書店ゼロの自治体に書店が復活する可能性も考えられる。

静岡県沼津市にある「リバーブックス」。築70年の空き店舗を改装して2023年9月にオープンした。

 実際の書店主は、小規模書店を取り巻く一連の情勢をどう見ているのだろうか。今回話を聞いたのは、静岡県沼津市で小規模書店「リバーブックス」を営む江本典隆氏である。同店は2023年9月にオープン、先月で1年目を迎えたばかり。なお、江本氏はかつて旅行ガイドを出版する大手出版社に20年間勤務し、編集者や書店営業を経験した人物でもある。

■小規模書店ブームが起きている

トーハンの新サービス「HONYAL(ホンヤル)」には現役の小規模書店オーナーも注目しているという

――小規模書店の代表を務める江本さんは、トーハンが「HONYAL(ホンヤル)」を開始することをどのように捉えていますか。

江本:とてもよいニュースだと感じました。これまで私のように、いわゆる“独立系書店”と呼ばれる小規模な書店を始めたい人は、仕入れる本をすべて返本ができないリスキーな「買取り」扱いで一定数の在庫を抱える必要があり、初期投資のためにある程度の資金力がなければ参入が難しかったといえます。今回、条件付きではありますが、返本が可能な委託販売で、かつ少部数から書店を開業できる仕組みが業界として整備されることは、とてもポジティブなことだと思います。

――書店が減少していて大変だ、というニュースが報じられる一方で、小規模書店に関するニュースも盛んに報じられています。こうした業態の書店は、今後、増加していくのでしょうか。

江本:書店をやりたい人がいて、今回の「HONYAL」のような仕組みが始まって開業のハードルが下がれば、必然的に店舗数も増えるのではないでしょうか。自分で言うのもなんですが、いま独立系書店の開業はブームに近い状況です。世間やメディアの注目度も高いですし、小さな出版社や著者さんなどもSNSなどで新刊情報を盛んに発信していて、本の情報も手に入りやすい。書店を始めやすい環境だと思いますね。

書店であるが、地元沼津のクラフトビールを飲むことができる。

――確かに、そういった空気感が感じられますし、取次もその勢いを応援してくれるのであれば追い風になりますね。

江本:反面、書店を始めやすくなって数が増えれば差別化も難しくなるので、今度は“書店を続けていく”ハードルは高くなるのではと考えます。私自身、現在は書店専業で生活していますが、まだまだ経営的には楽ではない状況です。「HONYAL」のサイトでも、最初から“副業”としての書店という打ち出し方をされていますね。

■無理せず楽しく続けられるのが理想

――確かに、本は基本的に薄利多売な商品ですよね。書店の儲けは決して多いわけではありません。

江本:あくまで副業として書店を始め、事業としての利益は過剰に重視せず、店主が無理せず楽しく続けられる営業形態が、今回のトーハンさんの施策には一番マッチする気がします。でも、そうやって本を愛する人たちが始める書店が街に増えて本が再び身近な存在になったら、街の景色が少し変わりそうです。

――江本さんのお話を聞くと、小規模書店は、一発当ててやろうという気持ちで始めるビジネスではないように思います。

江本:おっしゃる通りで、今回の施策のように委託販売で小部数だと、利益があまり出ないだろうなと思います。ただ、儲けの大小に関わらず、先ほども言ったように商売は事業継続が何より大切です。書店を始めやすくなっても、始めてから長く続けるためのガイダンス的、コンサル的なサポートが必要な方もいるんじゃないかなと思いました。

■地域住民との関係は“超”重要

沼津市内の商店街が開催している『沼津街中へいこうよ!プロジェクト』にも参画。地域密着型の書店を目指している。

――リバーブックスの現在の客層はどんな感じになっていますか。年齢層、お客さんの居住地など、ざっくりした感じで構いませんので、教えてください。

江本:当店のお客様の年齢層ですが、現在は20~40 代が中心です。年配の方やお子さん連れの方も増えており、幅広い年代の方にご来店いただいています。お客様は市外、県外からの来店される方がメインで、体感的に平日5割、週末は8割が沼津市外からお越しですね。年齢層は開店当初 20~30代の女性が8割程度でしたが、徐々に男性の方のご来店も増えており、男女比は3:7くらいです。

――小規模書店を開業し、軌道に乗せるにあたり、地域住民との関係性は重要になってきますよね。

江本:超重要だと思います。書店に限ったことではなく、どんな商売も地元やご近所の方に受け入れてもらえないと厳しいのではないでしょうか。

――地域に親しまれるためにどんな取り組みをしていますか。

江本:私は前職で観光にまつわる仕事をしていたので、書店を地域の情報発信の場にしたいと思っています。具体的には、店の近所のブルワリーで醸造しているクラフトビールを仕入れて店内で提供したり、週末には近所のご飯屋さんや肉屋さんなどと組んでイベントを企画したり、SNSでは地元の情報などを積極的に発信しています。書店という業種は、あらゆるジャンルを扱えるのが強みなので、地元のいろんな方々と組みたいと思っています。

■書店主の強みを発揮した独自の書店を作る

『リバーブックス』の店主・江本氏のこだわりのセレクトが光る本が並ぶ。

――確かに、あらゆるジャンルの本が出版されていますから、書店ではイベントもやりやすいですよね。そう考えると、書店というハコが存在する意義は地域にとって大きいですし、活用の可能性も無限にあると思います。

江本:当店は今年から地元の商店街にも加盟し、地域のキャンペーンなどにも参加するようになりました。旅行系出版社だった前職の経験を活かして“観光案内所のような書店”を目指しているので、自然と地域とのつながりは増えています。最近では情報発信について近所のお店の方が相談に来てくださったり、地域との密着度を店の個性にしたいですね。

――まさに、江本さんの強みがフルに発揮されていますね。最後に、書店を新しく始めたいと思っている人に何かメッセージをいただけますか。

江本:私もまだ開店して1年と間もないので、何かアドバイスめいたことを言えるわけではないのですが……書店を始めたいという想いと、構想と資金にメドが付くのであれば、「やらない後悔よりやって後悔」のほうが楽しい人生になるのではないでしょうか。

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