杉江松恋の新鋭作家ハンティング 胸に突き刺さる現実の物語ーー麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』

麻布競馬場『令和元年の人生ゲーム』評

 作者は沼田という軸を準備した。彼は主人公ではなく、常に異分子として語り手の視界に入る。第2話では、新人賞と呼ばれる栄誉を手に入れることを目指して同期全員が切磋琢磨するパーソンズエージェントにおいて唯一「圧倒的成長にも自己実現にも興味ない」と言い切る新入社員として登場する。「他の頑張ってる社員が稼いできた利益を毎月チューチュー吸いながら、総務部かなんかでクビにならない最低限の仕事をして」終身雇用を満喫したいと彼は語る。周りが必死であるため、沼田の存在は逆説として魅力的に見える。必死に動き回る〈僕〉たち〈私〉たちと、リクライニングチェアで動かない沼田だ。

 冒頭に挙げた脇谷くんの魂の叫びに対して、沼田は答える。「のんびり猫でも撫でて、現実から目を逸らしていればいい」と。そうか、猫か。猫は正義だからな。この世界の中心にいるかと思える沼田が示すものが正解なのか、さらに先があるのかは、実際に読んで確かめてみてもらいたい。第4話「令和5年」は、文字通り令和5年の今を写して思わず声が出てしまうほどに現実的な胸像であった。その中で君はどう生きているんだ、沼田。

 あざぶけーばじょー。

 私と同年代の人はみんな同じように、麻布競馬場という作者の名をかつてのイトーヨーカドーのCMソングに乗せて歌うはずである。現実を描いてここまで胸に迫る小説を書くのか麻布競馬場。最初の著書はSNSに投稿したものをまとめた『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』だ。「タワマン文学」の嚆矢として話題になった。「タワマン文学」が何かを私は言えないのだが、麻布競馬場が持っている胸には大いに興味がある。次はいったいそこに何が写るのだろうか。

 あざぶけーばじょー。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「書評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる