手描きにこだわるベテラン漫画家が「マンガ☆ハンズ」を結成 アナログ画材の魅力を伝える企画の意図を聞く
2023年9月、三浦みつる、木村直巳、本庄敬、さとう輝という4人の大御所漫画家が、原画展やトークイベントなど様々な活動を通じてアナログ原稿の魅力を伝え、さらに手描きの原画の販売を行うべく「マンガ☆ハンズ」を立ち上げた。
デジタルを使いこなす人が増え、生成AIも普及しているが、その一方で手描きのアナログ原稿の魅力が急速に見直されている。そんななか、4氏は純粋に手描きの楽しさを皆で共有したいという趣旨でプロジェクトを開始したという。
今回、リアルサウンドブックでは都内に集まった大御所漫画家4人に独占インタビュー。アナログイラストの魅力を存分に語っていただいた。(山内貴範)
※トップ画像は左上から、本庄敬、三浦みつる。手前左から木村直巳、さとう輝。大御所漫画家がアナログ原画の魅力を伝えるべく結集した。撮影場所は老舗の画材店「金華堂」。
【記事の最後に、4氏の豪華サイン色紙プレゼント企画あり!】
「マンガ☆ハンズ」って何をする団体?
――「マンガ☆ハンズ」とはどのような団体なのでしょうか。
三浦:何年も前から「マンガジャパン」に所属する漫画家同士で、デジタルの勉強会が行われていました。僕らのようなアナログ主体の漫画家たちも何かやろうと思い立ち、結成したのが「マンガ☆ハンズ」なのです。失われつつあるアナログ原稿の魅力を伝え、楽しさを共有していこうという狙いがあります。
――グループ名にはどのような意味が込められていますか。
三浦:候補は20以上ありましたよ。「締切守ろう会」とかね(笑)。「東急ハンズ」とちょっとかぶってしまうのですが、手描きにこだわるという意味の「ハンズ」にしました。
木村:「☆」が入っているのが特徴ですね。
三浦:輝く星になろう、という感じです。
本庄:「マンガ☆ハンズ」の文字とロゴは私が描きました。手がペン軸を持ち、ペン先からはGペンの線が伸びて、手描き、アナログを表現しています。
アナログ用の画材が入手困難に!?
――漫画家といえば、一昔前まではGペンなどのつけペンを使い、原稿用紙にかじりつきながら描いているイメージでした。今や原稿はデジタルが主流になっています。
三浦:実際、今の漫画界ではアナログは少数派で、漫画家の9割がデジタルで原稿を描いているといわれています。それに伴い、ちょっと前までは当たり前に店に並んでいたスクリーントーンやペン先が次々に廃番になっているんですよ。アナログで描く環境が失われつつあるのは、率直にヤバいと感じます。僕がカラー原稿を描くときに使っていたBBケント紙も、数年前になくなりましたから。
木村:BBケント紙がなくなったときのショックは大きかったですよ。色を塗るときの定番だったので、どうしようかと思いました。
三浦:あの紙を使っていた漫画家は多かったんですよ。製造していたのはイギリスのメーカー(注:販売元は国内の画材メーカー「ミューズ」)でしたが、もし日本の会社が製造していたら、アナログ作家が声をあげれば守れたかもしれない。「マンガ☆ハンズ」は手描きの楽しさを伝えて愛好者を増やし、いつまでもアナログ原稿が描ける環境を守っていきたいと考えています。
本庄:私の場合は機械が本当に全然だめで(笑)、アナログにこだわっています。でも、アナログで漫画を描くのはとにかく楽しいんですよ。今となっては、この楽しさを機械にとられなくてよかった、と思うようになっています。
原画の魅力はどこにある
――近年、漫画家の原画展が各地で開催されていますし、外国人の間でも原画に絵画的な価値を見出す人が増えるなど、注目度が高まっています。先生たちは、原画の魅力はどんな点にあると思いますか。
本庄:まず、手描き原稿特有のにおいや、紙の質感が挙げられます。そして、漫画家の試行錯誤の跡が垣間見えることです。昔、僕のアシスタントが撃たれた熊から血が吹き出すシーンを描いているとき、あろうことか原稿に鼻血を垂らしてしまったんです。ホワイトで修正したら、血の色と混ざってピンクになっていました(笑)。こういった印刷だと見えなくなる悪戦苦闘の跡が、原画には記録されているのです。
三浦:僕は手塚治虫先生のもとでアシスタントをしていましたが、『ブラック・ジャック』の原稿は今でも印象に残っています。墨汁で引いた線は、乾いたら盛りあがってしまうんですよ。ところが、手塚先生はペンを寝かせて描くので、太くて平らな線になっているのです。どうペンを持ち、線を引いているのか。原画から読み解くことができるのです。
さとう:『アストロ球団』の中島徳博先生のアシスタントになって、原画を見たときの衝撃は忘れられません。波が主人公に打ち付けてきた場面の生原稿でしたが、迫力、そして力強さがまじまじと感じられて、言葉にならないくらい感動しましたよ。
木村:どんなスピードで描いているのかもわかりますよね。石ノ森章太郎先生は流れるような、それでいて勢いのある線で、とてつもなく速く描いていることがわかる。模写すれば似た絵は描けるかもしれないけれど、石ノ森先生と同じ線にならないのはそのためです。
本庄:一方で、じっくり描く漫画家の線はどこか野暮ったいけれど、あったかいんですよ。線一つにも本当に個性が出ます。個人的には、プロの漫画家になる最初の関門は、原画を見て感動できるかどうかがポイントかもしれないと思う。新人はまず、プロの原稿を見てたじろぐのです。こんな凄い絵を、俺は描けるだろうか……ってね。
原画展やトークイベントも
――アナログ画材の魅力を伝える活動をされるとのことですが、何か具体的な計画はありますか。
三浦:原画を展示する機会は設けたいし、トークイベントも開催したいですね。トークイベントは客層によって語る内容も変わってきますが、できれば漫画家を目指している子どもたちを集めたい。若い子はみんなデジタルで描いている人ばかりだと思うけれど、アナログってこんなに楽しいんだよと魅力を伝えたいですね。
木村:メンバーで本を作れないかとも思っています。僕たちがこれまでに描いた読切で、単行本になっていないものが結構あるので、この機会にまとめることができればと。4人で話をしていると、僕たちがやっていることは、昔からずっと変わっていないと思います。一花咲かせようと思って漫画家になったというよりは、漫画がとにかく大好きなのです。漫画を通じて楽しみを共有できる環境があることを嬉しく思います。
――漫画を楽しみたい、という思いが結束力を生んでいるのですね。
本庄:このメンバーは“中二病”をこじらせているから、集まっても漫画の話ばっかり(笑)。
さとう:締切に追われて忙しいですが、「マンガ☆ハンズ」の活動に加われてからは毎日が楽しいです。僕はメンバーの中では一番の若輩者ですが、他の先生方の絵やペンの動きを見ると学びがあるし、酒を飲んでバカ話ができるのも最高ですね。
上野の老舗画材店とコラボ
――「マンガ☆ハンズ」のギャラリーショップでは先生たちの原画も販売されていますが、上野にある創業120周年の画材店「金華堂」とのコラボも話題です。原画を入れる額は、先生たちが作品に合わせて選んだそうですね。
三浦:金華堂はギャラリーショップの運営担当、墨村佳史さんに推薦いただきました。僕たちが絵に合った額とマットを選んでいるので、額装も込みで一つの作品として見ていただけるのではないかと。部屋に飾っていただき、今日一日頑張ろうというモチベーションになってくれればいいなと思います。
木村:自分の原画が額装された状態をあまり見たことがなかったのですが、額があるだけで高級感が違いますね(笑)。マットの色やフレームのデザイン次第で、絵の雰囲気がガラッと変わりますし。
本庄:額装が完成した時は、報われた気持ちになります。自分が描いた絵はわが子のような大切な存在ですから、喜ぶ服を着せてあげたいと、悩みながら額を選んでいます。
さとう:今までは絵を額に入れるという発想がなかったのですが(笑)、額に入れるだけでこんなに華やかになるんだなと実感しています。もし、『江戸前の旬』を読んで寿司屋になって成功した人がいらっしゃれば、記念に買い求めて店に原画を飾る、という流れができたら嬉しいですね。