寿司屋での女性炎上問題から考える「ネットリテラシー」ウェブの世界は「バカと暇人のもの」なのか

■ネット住民のヤバさは変わっていない

中川淳一郎の『ウェブはバカと暇人のもの 現場からのネット敗北宣言』(光文社新書)は、ネット社会を考える上で一読すべき名著である。15年前に書かれた本だが内容がまったく古くなっておらず、特にネット炎上の問題はそっくりそのまま現代に当てはまる。

  こうしたネットの炎上問題に詳しい論客、中川淳一郎が2009年に執筆した『ウェブはバカと暇人のもの 現場からのネット敗北宣言』には、ネットが普及し始めた当時、問題になりはじめていた炎上事件が多数紹介されている。中川はタイトルの通り、ネットにはバカと暇人しかおらず、ネットで起きていることは大半がどうでもいいことばかりと指摘し、企業がネットを重視する危うさを説いた。

  出版から15年を経ているが、内容がまったく古くなっていないどころか、2024年に同じ中身で出版しても通じてしまうほど、同種の事件が繰り返し起こっていることがわかる。例えば、中川ではこの本で、ネット住民を「品行方正で怒りっぽい」と指摘し、「ふだん、人に怒ることも注意することもないのに、ネット上では出自不明の正義感から人を徹底的に叩く」と書いている。昨今の炎上騒動を見る限り、ネット住民のこうした性格は当時から何一つ変わっていないようである。

  中川が本で指摘したように、日本では町を歩いていて乱闘などに出くわすことは滅多にない。町中でタバコのポイ捨てをしている人を見かけても、注意する人などほとんどいない。ところが、ネット上では乱闘を遥かに超える、もはや暴動と言ってもいいほどの人数が関わる炎上事件が日常的に起きている。タバコのポイ捨てをする様子を映した動画でも投稿しようものなら、凄まじい人数が「ポイ捨ては禁止です!」「マナー違反です!」などと正義感を発揮しだすことがある。

  今回の寿司屋の事件を見ると、どう考えても大半のネット住民はこの寿司屋に普段行かない人であり、女性とも何の縁もない人であるはずなのだが、徹底的に叩きまくっている。もうあとは当事者間で解決させておけばいいのではないか、と記者などは思ってしまうのだが、ネット住民は攻撃の手を緩めない。一連の騒動には、中川が指摘するネット住民のヤバさが凝縮されていると思う。

■ネットとの付き合い方を学ぶべきだ

  今や、SNSに書き込まれた一消費者のクレームが大企業を動かしてしまう時代だ。消費者がXで「食品の中にゴキブリが入っていた」と写真入りでポストすれば、企業は出荷された商品をすべて回収することもある。バイトがいたずら行為を働いた動画をX(旧Twitter)に投稿して炎上する、いわゆる“バカッター”騒動では、店が閉店に追い込まれる事態まで発生した。ネットの書き込み一つで、企業の株価が乱降下したこともたびたびある。

  企業の悪事や不正を内部告発しやすくなるなど、ネットのおかげで人々が声を上げやすくなったメリットは確かに存在する。しかし、ネットが身近になりすぎたことの弊害もまた、大きいのではないだろうか。少なくとも、記者は誰もがネットを手にしたことで、不正や違反を絶対に許さない、江戸時代の村社会以上の相互監視社会が生まれたように思う。そして、ネットは今や、一般人が企業や他人に決定打となるようなダメージを与えられる“凶器”となりつつもある。

  今回の寿司屋の騒動は、一般人がネットという武器を手にしてしまったせいで、起こった事件といえよう。そして、寿司屋の大将も、女性も、双方がダメージを受けた。情報が正しかろうと、捏造であろうと、ネット上で流布されただけで深刻なダメージを喰らってしまうのだ。ネットは確かに便利なものだが、現代人にとって新たなストレスの発生源になっているのではないか。そんなネットとの付き合い方をゼロから学ぶための教科書として、中川の『ウェブはバカと暇人のもの 現場からのネット敗北宣言』は最適な一冊であると思う。

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