重版出来『鬱の本』はどうつくられた? 話題の出版社、点滅社・屋良朝哉「読まれなくても寄り添える本を」

点滅社・屋良朝哉さん『鬱の本』インタビュー

  谷川俊太郎から、豊田道倫、姫乃たまなど、作家やミュージシャンら総勢84人の書き手が「鬱」をテーマにしたエッセイを執筆、それをまとめた『鬱の本』(点滅社/刊)がヒットしている。1月中旬に出来する第2刷は、初版よりも部数を増しての重版となるそうだ。「鬱」という漢字がインパクト抜群のタイトルだが、「うつ病の治療法が書かれた本」ではない。

 本書の企画・編集を手掛けた点滅社の共同代表・屋良朝哉氏は「自分と同じような鬱屈とした気持ちで生きている人に寄り添いたい思いで、この本を作りました」と語る。屋良氏のこだわりは企画から執筆者の選定、本の装丁に至るまで、随所に表れている。

 強烈なタイトルと豪華な執筆陣に興味を持って手にし、読み進めるとホッとした気持ちになる、そんな一冊を編集した屋良氏に、企画の動機から今後の展望までを語っていただいた。

『鬱の本』は「ある意味、読まれなくてもいい」

――『鬱の本』は直球ストレートなタイトルで、書店でも目を引きますね。屋良さんがこの本の企画を思いついた理由を教えていただけますか。

屋良:点滅社を立ち上げた時から、自分と同じように、鬱屈を抱えた人に向けた本を作りたいと思っていたんです。そんな時に夏葉社さんの『冬の本』を読み返していたら、全ての寄稿文が見開き1000文字程度という短さで、どこから読んでもいいし、内容もわかりやすくて驚きました。元気のないときって、本なんて読みたくてもなかなか読めないんですけれど、こうした体裁の本なら、自分と同じ境遇の人にも届けられるのではないかと思い、企画を思い立ったんですね。

――屋良さんはご自身も度々手にした本に勇気づけられたそうですね。

屋良:僕はこれまで何回も死のうとしたことがあったんです。だけど、本や音楽や映画のおかげで、もう一晩だけ生きてみるか、となんとか夜を乗り越えてきました。一晩くらい、もう一晩くらい、という積み重ねで現在に至っています。僕はサブカルや本がなかったら今ここにいないかもしれないので、人一倍、本の力を信じています。『鬱の本』を読んだ自分と似たタイプの人が、僕と同じように、「もう一晩くらい」という気持ちになってくれたらいいなと思っています。

――本をテーマにしたエッセイのアンソロジーになっているのは、屋良さんの実体験が影響しているわけですね。

屋良:僕は病院へ行く時には2~3冊本を持っていきます。実際には読まない時もあるので、僕にとっては護符やお守りのような感じですね。『鬱の本』も、そういう意味では“読まれなくてもいい”と思って編集した本で。本というよりも物として傍に置いておきたい、あたたかいものを作りたいという思いを大事にしました。判型が小さいのも、持ち歩きやすいようにという工夫です。

――屋良さんは、寺山修司の『人生処方詩集』を大事な本として挙げています。

屋良:実は『人生処方詩集』も未だに全部読んでいないのですが(笑)。それでも大事な本であることには変わりなく、タイトルを見ているだけで心が救われる一冊です。だから、『鬱の本』も全部読まなくてもいいと思っていて、1日1ページ好きなところからめくってもいい。X(旧Twitter)で、この本を枕元に置いていると言ってくれていた人もいて、とても嬉しかったですね。読んで勇気が湧いてきたり、鬱屈を抱えているのは自分だけではないと認識して、あったかい気持ちになってくれればと感じます。

『ドラえもん』第6巻をはじめ、屋良さんの“お守りのような本”が並ぶ点滅社の事務所の本棚

84人の人選と、原稿依頼の裏話

――84人に原稿依頼するのは大変だったと思いますが、ミュージシャンから書店の店主まで非常に個性派揃いですね。人選はどのようになさったのでしょうか。

屋良:基本的には、僕のことを助けてくれた人、支えになってくれた人にお願いしています。僕がしんどい時に心の支えになってくれた大槻ケンヂさん、町田康さんなどをお誘いしました。アマチュアの方も混在していますが、知名度で選んだのではなく、Xで見かけた凄くいい文章に惹かれて、「この人は鬱をテーマにしたらいい文章を書いてくれそう」と思った方に声を掛けました。まさか、こんなに執筆者が豪華になるとは驚きで、結果的に良い感じになったと思います。

――依頼はどのようになさったのでしょうか。

屋良:「鬱や憂鬱や鬱屈に寄り添う本を目指します」と最初に描きました。繊細なテーマなので、企画の意図をお伝えするのが大変でしたが、あたたかい本を作りたいという思いはお伝えしました。ただ、僕自身、編集者の経験がほとんどないまま始めたので、説明にはだいぶ苦労しまして。執筆者のみなさんにご迷惑をおかけしたと思います。

――エッセイは著者名のあいうえお順に並んでいます。屋良さんの原稿は「や」だから後半なのですが、後ろから2番目と、絶妙な位置に収録されていますね。

屋良:夏葉社『冬の本』と同じようにあいうえお順になっています。あいうえお順なら差がつかないし、みんな平等になっているのでいいなと思いました。僕が後ろから2番目なのは、僕の苗字がたまたま「や」行だったため。もともとは僕の原稿は載せない予定でしたが、冬の本と同じ84人にするためにはもう1人足りない。そこで、急遽、締切の1週間前くらいに書き始めました。後半に載ったので、結果的にあとがきっぽくなって良かったかもしれません。

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