日野日出志の怪奇漫画、なぜ読者を震撼させるのか 作品集発刊で考える、“視覚表現”より恐ろしいもの

『日野日出志ベストワークス』レビュー

 「日野日出志」と聞いて漫画ファンの多くがまず頭に思い浮かべるのは、なんといってもあの、目玉をむき出しにしたおぞましい形相の人々や、絵巻物の餓鬼に似た異形の怪物、あるいは、腐乱して崩れゆく肉体や飛び散る血液といった、グロテスクな描写の数々ではないだろうか。たしかに、それらは強烈なインパクトを持っているし、怖い。しかし、誤解を恐れずにいわせていただければ、日野の漫画が本当に怖いのは、そうしたおどろおどろしいヴィジュアル・ショックのせい(だけ)ではないのである。

 そう、日野日出志の漫画の多くでは、上記のようなショッキングな視覚表現よりもさらに恐ろしい“人間の本性”が描かれており、それが読む者を震撼させるのだと私は思う。

傑作「蔵六の奇病」とは

 そんな日野の代表作を収めた作品集『日野日出志ベストワークス』が、昨年11月、太田出版より刊行された(寺井広樹・編)。収録されているのは、「蔵六の奇病」、「地獄の子守唄」、「水の中」、「地獄変」など、まさにタイトル通り「ベストワークス」というほかない、厳選された内容になっている。

 とりわけ、「蔵六の奇病」は、読んだ者の心に重い“何か”を残すことだろう。

※以下、「蔵六の奇病」の内容に少なからず触れています。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)

 「蔵六の奇病」の主人公は、働かずに絵ばかり描いていたせいで、顔一面に気味の悪いでき物ができてしまった男――蔵六。やがてそのでき物は体中に広がり、全身が異様にむくんできた蔵六は、村の外れにある森に捨てられることに。父と兄は早々に彼のことを見放すが、母はひとり、息子のために食事を運び続ける。

 当の蔵六は、自らの飛び散った血と7色の膿を使って好きな絵を描き続けるが、夏の終わりとともに彼の体は悪臭を放ち始め、その匂いが村まで達するようになってしまう。このままでは「蔵六の奇病」に感染してしまうのではないかと恐れた村人たちは、冬のある日、ついに彼を殺すことにする(殺気立った村人の総意に逆らえなかった母親も、最後には諦める)。そして、武器を手にした村人たちが森の中で目にしたものとは……。

 凄い物語だ。むろん、この、誰にも認められず絵ばかり描いている主人公は、漫画家としての方向性を見出せずにいた頃の作者自身の姿を投影させたものだろう。また、蔵六を追いつめていく村人たちは、自らの才能を認めようとしない「世間」や「漫画界」のメタファーだったかもしれない。しかし、1970年、「少年画報」に掲載された本作によって、怪奇漫画家としての日野日出志の名は不動のものになったといっていい。

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