鈴木涼美が考える、ホストクラブの光と影 「悪者があらゆる側面で“悪者”であるわけではない」
話題作を次々と発表する作家・鈴木涼美が、夜の街・新宿歌舞伎町を舞台としたホストクラブ小説『トラディション』(講談社)を上梓した。主人公は、兄が経営するホストクラブの受付として働く「私」。幼馴染でホス狂いとなった「祥子」をはじめ、ホストクラブに入り浸る人々の姿を描くと同時に、夜の街の病院で入院生活を送る「祖母」などとの家族関係にも焦点を当てている。一部の悪質ホストクラブの売掛制度が社会的に問題視され、規制強化の動きが進む昨今だが、なぜ今、ホストクラブを内側から描く小説を執筆したのか。鈴木氏に新宿歌舞伎町のホストクラブ・AWAKEでインタビューをした。(篠原諄也)
ホス狂いを当事者じゃない視点から描く
ーーこの作品の執筆経緯を教えてください。鈴木:ホストクラブを舞台にした話は昔から書きたいと思っていました。今回はとりあえず第一弾になりましたね。漫画では「明日カノ」(『明日、私は誰かのカノジョ』)が話題になりましたが、文学では中心的な話題としてはあまり描かれてきませんでした。私も20代の頃、熱心に遊んでいたこともあるんですけど、ホストクラブで脳がある種の狂騒状態になるような感じは、誰にも言語化されていないと思っていました。
ホストクラブの噂話をするネット掲示板「ホスラブ」を見てみると、「ホスラブ文学」と呼ばれる、小説のような投稿もされています。そこでは共感が得られるような、ホス狂いの心理がよく描かれている。激情を書くんだったら、ホス狂いの視点のほうが面白味はあるんだけれど、そのシステムの異様さみたいなものを冷静な視点で書いてみたいと思ったんです。
ホストクラブはちょっとのっぺりしていながら、同時にドロドロ/キラキラしたような場所でもある。前作の『グレイスレス』ではAV業界をメイクさんの視点から描きましたが、今回はホストクラブの受付でかつホストの妹という、内側と外側の中間にいて、なおかつ性的な関係からは守られている視点を思いつきました。
ーー観察者の視点がありますよね。まさに『ギフテッド』『グレイスレス』と通ずるところだと思いました。
鈴木:ホス狂いの子たちの滑稽さみたいなものを、当事者じゃない視点から描こうと思ったんです。例えば、多くのホストクラブの店内には(自らを客観視しかねない)鏡がないことは、ハマっている子たちはあまり気づかないことかもしれません。
私自身、通っていた時は完全に当事者でした。今はホストクラブに遊びに行くことはあるけれど、別にハマっているわけじゃない。昔よりは少し冷静にホストクラブの仕掛けに気づくことができる立場なので、この主人公の視点を得てからはスムーズに書くことができました。ただ、彼女はホストにはハマっていないものの、歌舞伎町という沼にハマって抜けられないところはあるんですよね。
ーー最近、ホストクラブについてメディアで盛んに報道されていますが、この本の刊行はまさにアクチュアルなタイミングでしたね。鈴木:そうなんですよ、すごいタイミングで出ちゃって。最近、ホストクラブを見ていると、ちょっと変な感じはありました。私が通っていた頃は、月間売り上げ1000万円プレーヤーは、それだけでスターでカリスマだった。でも今は1位から10位まで全員がそのような存在になっています。月の店売りが何億にも及ぶような店もある。そもそも売掛制度を基盤にしているので、フィクショナルな数字ではあるんですけど。とにかく一人のホストが生み出す数字がどんどん上がっている。でも女の子は昔に比べて豊かになっているわけじゃないから、どこかおかしくなっていると感じていました。タイミングを読んだというほどの先見の明はないですけど、何かの予兆は感じていたと思います。
今、ワイドショーではトー横キッズや路上売春が社会の暗部であるように報道される。一方、東急歌舞伎町タワーができたこともあって、「歌舞伎町は多様性のある良い街だ」といった妙にポジティブな取り上げられ方もされる。でも私はどちらに対しても、違和感があるんですよね。「素晴らしい」と言われると「絶対そんなことはない」と思うし、逆に「怖い」と言われると「そんなこともない、楽しい!」と思います。そのどちらからも距離をとって書くようにしました。
ーー報道を見ていると、悪いホストが女性を騙しているという、一面的な見方が多いですよね。この作品ではホストにハマる女性の複雑な心理を丁寧に描いています。その切り口が素晴らしいと思いました。
鈴木:私が通っていた頃、100万、200万を一晩で使う人を見てきましたし、私自身使ったこともあります。当時、あまり疑問を持っていなかったのは、ホストクラブに行く時には、脳を一回「歌舞伎町脳」にするからですね。
でもやっぱり私の性格上、どこかで疑問を感じるようになる。この大金は何に対して支払われているんだろうと思ったんです。もちろん、担当が本当に好きだから応援したいとか、お店でチヤホヤされるのが嬉しいとか、そういう理由はあるでしょう。でもそれだけじゃ、自分が稼げるかどうかわからない大金を投じる理由にはならない。普通、ヒモに2,000万円とかあげないじゃないですか(笑)。
なぜ、彼女たちはホス狂いになるのか、私はもう20年くらい考えています。日本で一番考えているうちの5人くらいに入ると思うんです(笑)。だから私なりに、ホストにハマる時の心の動きのからくりはどのようなものかを書きました。