江口寿史展「ノット・コンプリーテッド」レポート リアリズムと漫画表現が織りなす「人物描写」の魅力と進化

江口寿史展レポート

 現在、世田谷文学館にて、江口寿史展「ノット・コンプリーテッド」が開催中だ[写真1・2]。ここ数年の江口の展覧会はイラストレーションの展示に主軸を置いたものが多かったように思うが、今回の「ノット・コンプリーテッド」は漫画の原稿(原画)を中心に構成されており、そういう意味では、「漫画家・江口寿史」の原点回帰にして集大成的な展覧会といえるかもしれない。

[写真1]
[写真2]

  江口寿史は1977年、「週刊少年ジャンプ」にてデビュー。同誌に連載されたギャグ漫画『すすめ!! パイレーツ』、『ストップ!! ひばりくん!』などで人気を博すが、1984年頃からはイラストレーションの仕事も精力的にこなすようになり、ジャンルを越えたある種のポップ・アーティストとして一時代を築いた。とりわけ美しい女性の描写には定評があり、そのヴィジュアル表現はいまなお進化し続けている。

「鼻の穴」のある美少女を描く

[写真3]

  ちなみに、「美しい女性の描写」といえば、江口は「初めて漫画の美少女キャラに鼻の穴を描いた人物」として知られている。これについては諸説あるが(80年代のある時期、一部の漫画家やアニメーターたちが、記号化とリアリズムの狭間で、美少女の鼻の表現について試行錯誤していたのは事実である)、江口本人の言葉によれば、『パパリンコ物語』[写真3]の頃に、「2つの“点”で鼻の穴を表わす」という独自のパターンを完成させたようだ(「芸術新潮」2016年1月号掲載の大友克洋との対談などを参照)。

  たしかに、(たとえば、大友克洋や谷口ジローのような)完全にリアリズム寄りの絵柄なら、女性キャラの顔に鼻の穴があったとしても別におかしくはないのだが(というよりも、ない方がおかしいだろう)、江口の絵のように、リアリズムの手法を大きく取り入れつつも、従来の記号的な漫画の絵の魅力も残しているという場合は(とりわけ、それを「可愛く」見せようという場合は)、少々難しいものがあるだろう(従来の記号的な漫画の絵では、人物の鼻の表現はひらがなの「く」や「し」のような線だけで描かれることが多かった)。

[写真4]

  じっさい、『ストップ!! ひばりくん!』[写真4]の頃までは、美少女キャラの顔に、鼻の穴はほとんど見られない(※)。これについては、言葉では説明しづらいので、興味のある方はぜひ展覧会場に足を運んで、その“変遷”をご覧になるといいだろう。
※……ただし、よく見れば、時おり鼻の穴のある「ひばりくん」のカットも確認できる。おそらくはこの頃から絵的な実験を始めていたのだろう。

  なお、『パパリンコ物語』は、1985年から1986年にかけて、「ビッグコミックスピリッツ」にて連載されたコメディ作品。タイトル通りヒロインの「リンコ」とその父親(パパ)の物語だが、10話までが描かれたものの、残念ながら未完に終わった(単行本未収録作品だが、先ごろ新潮社より刊行された『This is江口寿史!!』に序盤の3話分が再録されている)。

  また、[写真5]を見てほしい。これは同作の第7話のトビラ絵だが、江口ならではのいくつかの「鼻の表現」のバリエーションを確認することができる(「パスタの食べ方」だけで、それぞれのキャラの特徴を描き分けているのもさすがだ)。

[写真5]

 

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる