乾ルカ × けんご『葬式同窓会』対談 「過去を埋葬してもいいし、そこから新しくはじめてもいいんじゃないか」
過去を埋葬して、そこから新しくはじめてもいい
ーーお二人の“生き直し”の経験、人生のターニングポイントについても聞かせてください。けんごさんが小説に興味を持ったきっかけは?けんご:ずっと野球だけをやってきたんですが、大学生のときに、自分が無趣味な人間であることがちょっと嫌になって。そのときになぜか「小説がいいんじゃないか」と思い立って。当時はまだNetflixやAmazonPrimeVideoがそこまで普及してなかったこともあって、「映画館で映画を観るよりも、小説のほうがコスパがいい」と思ったんです。最初に読んだのは東野圭吾さんの『白夜行』だったんですが、分厚い本だったから「これならとんでもない時間をつぶせるな」と。今振り返ると、変な考え方なんですけど(笑)。
乾:それがけんごさんの原点なんですね。
けんご:何度も聞かれていると思いますが、乾さんが小説を書くようになったのはどうしてなんですか?
乾:小学校3年くらいから本を読むのが大好きで、それこそ逃避の手段だったんです。就職してからも仕事が本当に嫌いで、何度か辞めているんですね。アリバイ作りのようにハローワークに行っても、帰りに本を買って家でずっと読んでいたり。そんな私を見て、母が「そんなに読んでるんだったら、あんたも書いてみたら?」と言い出して。じゃあ、書いてみようかなと思ったのがきっかけでした。
けんご:お母様からの助言だったんですね。
乾:その瞬間の母は、すごく怒っていたんですけどね(笑)。小説というのは、それがどんなものであれ、私の思うがままに物語を進めることができる。現実は自分の思うようにならないことばかりだったので、もしかしたら小説を書くことに逃げていたのかもしれないです。
けんご:僕も同じようなところがあったと思います。
乾:けんごさんはSNSを通して、いろいろな小説を紹介されていて。そうやってムーブメントを作り出しているのはすごいことだと思います。
けんご:ありがとうございます。僕はショート動画と呼ばれるものをメインにしているんです。よく「小説と短い動画の親和性はないのでは?」と聞かれるのですが、長い物語だからこそ、ショート動画で紹介することに意味があると思っているんです。いわゆる“バズった”状態になったのは中央公論社の『残像に口紅を』(筒井康隆)なんですが、あの小説はとんでもなく難解なんですよ。それでもたくさんの方が興味や関心を持ってくれたのは、ショート動画で発信したからじゃないかなと。
乾:すごいことだと思います。私のような作家が書いていられるのは、著作が何万部と売れている作家さんが出版社を潤しているおかげだと思っていて。けんごさんがいろいろな本を紹介してくださり、今まであまり本を読んでこなかった若い人たちにも興味を持ってもらえるのは、読者の母数を増やしてくれているということなので、とてもありがたいです。
ーーコンテンツが無数にあり、可処分時間の奪い合いがさらに激しくなっていますからね。
乾:世の中で何かが起きるたびに「エンタメは不要」と言われてしまいがちですし、本を読むことはタイパ的にNGと思っている方も多い気がするんです。それでも私は小説が好きですし、どうにか未来に続いていってほしくて。個人的なことで恐縮なんですが、さっきも言ったように私は働くのが嫌すぎて、社会人として生きるのが難しかったんです。なんとかここまで生きて来られたのは、小説を書かせてもらえたから。小説という文化がこの先も続けば、私みたいな人間を救うことができるんじゃないかと思っているんです。
けんご:実際のところ、SNSの動画でバズりやすいのは、衣食住に関わるものだと僕は思っています。“食”では、ASMR(AutonomousSensoryMeridianResponse/自律的感覚絶頂反応)を利用した食事の動画だったり、おいしいお店を紹介する動画も人気ですよね。“衣”はファッションだけではなくて、メイクなど見た目に関わるコンテンツ。“住”は生活をより良くするアイテムも含まれますが、これも反響を呼びやすいんです。自分なりに分析すると、「衣食住は人間が本能的に求めているから」という理由になるんですが、一方で、僕がやっている小説の紹介動画にもバズっているものがいくつかある。それは僕がすごいからではなく、やっぱり小説を必要としている人も少なくないからだと思うんです。以前から「読者離れ」とか「出版不況」などと言われていますが、興味や関心を持ってもらえるきっかけさえあれば、もっと小説は盛り上がるはずじゃないかなと。
乾:心強いです。
けんご:これも僕の主観なんですが、ヒットしているアニメやドラマ、映画は、物語そのものが面白いのは大前提ですが、主題歌が大事な要素になっていると思うんです。アニメ『推しの子』の「アイドル」(YOASOBI)をはじめ、KingGnu、Official髭男dismなどが主題歌を担当していることが、多くの視聴者がその作品を観るきっかけになっている。その傾向はさらに強くなっているし、小説、本においてもきっかけ作りはとても大事だと思います。
乾:作家のほうも読者に届けるためのきっかけを考えないといけないですね。主題歌とは違うのですが、小説を書いているときに「これが私の主題歌だ」と勝手に決めている曲があって。前回対談させていただいたアンジェリーナ1/3さん(GacharicSpin)が作詞されている「IwishI」という曲がすごく好きで、それを小説のテーマソングにしていたんです。もっと積極的に音楽をフックにしたりすると良いのかもしれませんね。(参考:乾ルカ×アンジェリーナ1/3が語る、友達の大切さと世界の美しさ 「全部が素敵だったと言える人生を過ごしたい」)
ーーこの対談をきっかけに『葬式同窓会』を手に取る方も多いと思います。改めて、若い読者に向けてメッセージをいただけますか?
乾:最初にも言いましたが、私としては「生き直しの物語」として書いた小説なんです。人生は基本的に辛いものだと思いうし、「だったらやめていい」という考え方に陥ってしまうことがあるのもわかる。でも、「生き直すこともできるんじゃないか」と言い続けたいんです。たとえば自分の過去を埋葬してもいいし、そこから新しくはじめてもいいんじゃないかなと。もちろん、これは私の個人的な思いで、誰に押しつけるつもりもありませんが……。
ーー若い人ほど「もうこんな年齢になってしまった」みたいに思いがちですけど、いつだってやり直せると。
乾:そうですね。私自身も、24歳のときにすごくショックを受けた記憶があって。なぜかすごく年を取ってしまった気がして、「この年齢で何者でもない自分、どうするの?」と。でも、そんなことで落ち込む必要はないんですよね。
けんご:そうですよね。『葬式同窓会』というタイトルを見て「暗い話なのかな」と思う人もいらっしゃると思うんです。実際、きついエピソードも多いのですが、最後にはパッと開ける感じがあるんですよね。『葬式同窓会』を紹介する動画も準備しているので、そちらもぜひ楽しみにしてほしいです。
■書籍情報
『葬式同窓会』
著者:乾ルカ
発売日:10月10日
価格:1,870円(税込)
出版社:中央公論新社