連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年8月のベスト国内ミステリ小説
酒井貞道の一冊:呉勝浩『素敵な圧迫』(角川書店)
素敵にダークな短篇集が大好きなのです。誘拐、三億円事件、息子に脅迫される父親、平行世界に行ける器具、ボクシングのチャンピオン、コロナ禍の商店街での謎の落書き。バラエティーに富む作品は、程度の差こそあれ、いずれもどこか不穏で不安になる。主人公が圧迫フェチの表題作は、彼女の特殊性癖が読み心地を終始、絶妙に異化する。この味は小説ならでは。「Vに捧げる行進」は、人情噺になってもおかしくない題材を、不穏にまとめてくれる。どれかは書かないが、ミステリ的なサプライズに膝が打てる作品もある。オススメです。
藤田香織の一冊:呉勝浩『素敵な圧迫』(角川書店)
日ごろ短篇集は1/3「おおっ!」と思えたら十分、と認識していたのに、読んで読んでもニヤニヤが止まらない6話を収録。自分好みの「圧迫」を求めてひとりの男にいきついた主人公がみせる執着に震え(「素敵な圧迫」)、3億円事件を背景に置きながら、え!? あ!? そう来るのか! キィー! と興奮し(「ミリオンダラー・レイン」)、あー巧い! そっちいくんだ凄い! と唸る(「論リー・チャップリン」)。とちょっとネタバレっぽいことを書いても全然魅力が損なわれないこの感じ。各話、スパッと切ってなのに物語世界の余韻が残るラストも絶妙です。
杉江松恋の一冊:朝永理人『毒入りコーヒー事件』(宝島社文庫)
迷ったのだが、長篇で『十戒』、短篇集なら『素敵な圧迫』でもよかった。題名から察せられる通り、一つの事件にいくつも解が出される多重解決ものなのだけど、それだけに興味を絞らず、犯行現場を孤立させたり、過去に変死者が出ている家で事件を起こしたり、つまり「孤島」「記憶の殺人」といった要素を盛り込んだ努力を買いたいと思う。この作者、視野が広くて手数が多い。とてもいいことである。真相がわかったとき、某古典名作を連想して、もしかしてそれも重ねる意図があったのなら作者はやるなあ、と思った。それが選んだ理由だ。
短篇集に票が集まりましたが、その他にも話題作の続篇あり、新鋭作家待望の長篇第二作あり、文学作品とも接続する作品あり、とバラエティに富んだラインアップになりました。さあ、読書の秋です。来月はどんな作品が並ぶことになるか。楽しみにお待ちください。