杉江松恋の新鋭作家ハンティング、〈いきものがかり〉水野良樹の筆名・清志まれによる『おもいでがまっている』が投げかけた嘘

清志まれ『おもいでがまっている』評

 そうとしか生きられなかった人々を登場させることで、限られた選択肢しか与えられてこなかった平成後期から令和に至る現在を描いた小説とも言える。その中では現実と折り合いをつけるために各人がさまざまな戦略を立ててきた。他人には理解しがたい行動を取った者にも一分の理があった。同じ時代を生きた人々への連帯の気持ちがこの小説には込められている。とにかく生きてきた、これからも生きていこう、と。

 ミステリーの技巧を用いて一つの人生を克明に浮かび上がらせようとした小説で、その試みは成功していると感じた。繰り返し行われる501号室の情景描写に登場人物の心情を重ね合わせ、抑制の効いた形で彼らの気持ちを読者に伝えている。すっきりとした筋運びであり、過不足のない書きようだと感じた。新人の作品としては高い水準である。

 ここまで書いてこなかったが、清志まれとは〈いきものがかり〉のギタリスト、水野良樹の筆名である。2022年の『幸せのままで、死んでくれ』(文藝春秋)が小説家としてのデビュー作だが、そちらは未読である。同題の楽曲と同時発表したことで話題になったそうだ。

 申し訳ないのだが〈いきものがかり〉をあまりよく知らず、現代の音楽には疎いので、そちらについて語れることは何もない。わかるのは『おもいでがまっている』はきちんとした、いい小説だということだけだ。清志まれ、書き続けてもらいたい作家である。

 まっている。

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