もしも大奥に幽霊が現れたら……? 霊視の力を持つ奥女中の物語『大奥の御幽筆』が切なくて温かい

もしも大奥に幽霊が出たら?

 Snow Manの目黒蓮主演で実写映画化された顎木あくみ「わたしの幸せな結婚」シリーズや、累計部数が100万部を超えたクレハ「鬼の花嫁」シリーズなど、家族に虐げられ居場所のなかった女性がどん底から幸せを掴むシンデレラストーリーが人気となっている。2月20日に発売された菊川あすか『大奥の御幽筆』(ことのは文庫)も江戸時代を舞台にしたシンデレラストーリー。そして同時に、大奥という場所で起こる不思議な出来事を、自分が虐げられる原因となっていた力を使って解き明かしていく、心温まる物語になっている。

『大奥の御幽筆〜あなたの想い届けます〜』ことのは文庫公式PV

 よしながふみの漫画を原作にしたTVドラマの『大奥』が、NHKで放送されて大人気となっている。小説では、中華風の後宮が舞台になった日向夏の『薬屋のひとりごと』がアニメ化決定で盛り上がっている。簡単には足を踏み入れられない場所で巡らされる、配偶者の座を勝ち取ろうとする者たちのファイトぶりが興味を誘う上に、情欲だけでなく権力欲も絡んで起こる出来事がドラマチックに映るからだろう。

 そんな情念と権謀が渦巻く後宮なり大奥だからこそ、殺人事件が起こったり幽霊が現れたりといった、ミステリーやホラーの題材になりそうな出来事も起こりえる。例えば、TVアニメにもなった白川紺子「後宮の烏」シリーズは、その出自ゆえに不思議な力を持った少女が、中華風の後宮に現れる幽霊の正体を探り、思い残した事柄を聞いてあの世へと送り出すエピソードが紡がれる。

 『大奥の御幽筆』の場合は、フィクションの後宮ではなく日本の江戸時代に実在した大奥が舞台。十一代将軍徳川家斉の時代、御家人の娘だった里沙は、幽霊が見えてしまう能力を疎まれ、兄から乱暴な振る舞いをされ、妹からも罵倒される日々を送っていた。そんな里沙の境遇を見かねて、大奥で奥女中をしていた叔母が声をかけた。里沙は大奥に上がって、御年寄という大奥全般を取り締まる役にある野村の部屋方となり、身の回りの世話をする仕事に就く。

 その大奥で、さっそく里沙の能力が役に立ちそうな出来事が起こる。子供がすすり泣く声がどこからか聞こえてきて、火の番として見回りに出る女中たちを恐れさせていた。里沙は野村に自分の能力のことを明かし、女中たちの代わりに自分が見回りに出たいと訴える。家族にすら疎まれ、虐げられる原因となった能力を他人に明かすのには、大変な勇気がいっただろう。ここで野村にも疎まれ大奥を追い出されれば、里沙にはもう行く場所は残っていないからだ。

 それでも、怖がる女中たちを心配し、自分を厭わず秘密を明かす里沙の優しさに心を打たれる。合わせてそんな里沙の言い分を信じ、火の番を任せた野村や、先輩格の松という部屋方の度量の大きさに、大奥も裏の裏のそのまた裏を読み合うような権謀ばかりではないのかもと思わされる。男子禁制という限定された空間に、さまざまな事情をかかえて集まってきた女性たちだからこそ、通じ合うものがあったのかもしれない。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「書評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる